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眠れなかった――。


「ミサキ姫?」


次の朝、俺はいてもたってもいられなくなり。


学校へ向かう道すがら、佐伯に昨夜のことを話して聞かせた。


「歌ってたか……」


「そう。実は会ったの2度目なんだ。俺がここに来た初日に、室井のヤツが彼をそう呼んで追っかけまわしてて……。てっきりタチの悪いいじめだと思ってさ、俺あいつをぶっ飛ばしたんだ」


「それでキツネザルに嫌われたんだな」


あの日室井は言ってた。


ミサキ姫は普通の男じゃないって。


俺は昨夜一睡もせず、ずっとその事を考えていた。


室井が言っていたのは、あの声のことなんじゃないかって――。


「で、知ってるのか?ミサキ姫のこと」


「もちろん。この学校で知らないのはお前だけだろうな」


「有名人てわけか」


あの美貌だ。分からなくもない。


「本名は岬恵介みさきけいすけ。見た目がああだからみんなミサキ姫って呼んでる。でも間違っても本人の前で呼ぶんじゃないぞ。そういう冗談が通じるタイプじゃないんだ」


「分かってる」


呼べるもんか。


俺のカバンの中には、昨日投げつけられた楽譜が入っている。


「あいつが俺の物真似の張本人だ」


「えっ?!」


びっくりして俺の声が裏返る。



「去年まで、岬が式典のたびに歌ってたんだ。この学校で最高のカウンターテナーだった」


「――だった?」


「去年まで声楽専攻だったけど、今年ピアノ専攻に鞍替えしたんだ。キツネザルは岬姫がピアノ専攻にうつったせいで主席の座を奪われた。それが気に入らないんだろうな。事あるごとに岬に絡むんだ」


「なんで、ピアノ専攻なんかに移ったんだ?」


「さあな、去年末の合唱コンクールでなんかあったみたいだけどな。俺は例のごとくその日1日寮で寝入っちまってたから詳しくは知らん。ミツキがなんやら言ってたな……岬の声がおかしかったとかなんとか」


「おかしかった……?」


蒼井さんは昨夜の俺と同じ歌声を聴いたんだろうか?


もしそうだとしたら佐伯にもっと色々話してるはずだ。


昨日俺が聴いたのは、おかしかったなんて、とても一言で片付く代物じゃなかった。


「他には?なんか言ってなかったか?」


「覚えてないぞ」


「頼りないなぁ。じゃあ普段はどうだった?」


「普段?」


「式典のたびに歌ってたんだろ?そん時は?」


佐伯はしつこく食い下がる俺に面倒くさそうに答えた。


「言ったろ?俺が真似したとおり、最高のカウンターテナーだったって」


どうにも納得いかなかった。


俺の耳がまだまともに機能しているならば、岬の歌声は裏声を使うカウンターテナーのそれとは明らかになにかが違った。


「寮には住んでないのか?」


「いや、いつもいるぞ。4階に」


「4階?ウソつけ、ここの寮はみんな3階建てだろ?」


佐伯は鼻で笑って俺の頭をつかんだ。


「よく見てみろ」


緩やかな坂を登りきったところで今来た道を振り返る。


ちょうど木々の間から、寮の屋根が垣間見えた。


「ほら。音楽科の寮、他の建物より頭1個飛び出してるだろ」


「……ホントだっ!」


他の建物の屋根が平らなのに対して、音楽科の一棟だけが丸い蓋をかぶせたようなドーム型に造られていた。


「お姫様はだいたい一番いい部屋に住んでるもんだぞ、ジョージ。ホテルでいやスイートのワンフロアをひとり占めってとこだ。食事もルームサービスだし、授業も各専攻の主席には特別プログラムが組まれているからな。顔を合わす機会がないだけだ」


それなら、寮でも学校でも見かけないはずだ。


「それにしても、1人でワンフロアって……岬は特待生かなんかなの?」


「まあ近いな。あいつのおやじは聖マリオン学院の理事長だ。本業はこの丘を下ったとこにある大病院の院長だが、学院の建設当初から莫大な寄付をして理事長になったって話だ。つまりここの創設者と言っても過言じゃない」




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