ロマンス
洒落たパネテリア風の売店でパンとジュースを買って軽く昼食をすませた後――。
俺たちは校舎から5分ほど歩いたところにある寮に戻った。
豪華な建造物は寮と呼ぶより、ゲストハウスと呼ぶにふさわしい外観だ。
校舎に合わせた白い西洋館がどこまでも続く芝生の庭園を囲むようにいくつも点在していた。
佐伯に案内され、俺はひと際豪奢な建物の中に入った。
聖マリオン学院、音楽科の寮舎。
クラッシックホテルを彷彿とさせるロビーには、百合の花が花瓶から溢れるほどに活けてある。
そのせいで女気のないはずの男子寮なのに、妙に甘美な香りがした。
「こっちだ」
佐伯に促され、レンガ色の絨毯が敷き詰められた螺旋階段で2階に上がる。
佐伯は204号室の前で立ち止まり、尻のポケットから鍵を取り出し扉を開けた。
「ここが俺たちの禁断の園だぞ」
「バカ」
どんなハチャメチャな部屋に通されることかと思っていたが、部屋の中は意外なほど整頓されていた。
いや、整頓されていると言うよりも、生活感がなくがらんとしているのだ。
こいつの存在を感じさせるのは、鮮やかな紫色のシーツがかかったベッドぐらいのものだった。
「それ、好きなとこに置いていいぞ」
フローリングの部屋の真ん中に、俺の荷物と新品のデスクが無造作に運びこまれていた。
「トイレとシャワーはそこ。ロフトの上は隠し部屋になってるから、女の子連れ込んだ時はあそこでどうぞ」
「どっから連れ込むんだよ、こんな山奥に――」
俺は段ボールを開け、ひとまずここの制服一式を取り出した。
白いブラウスに黒か白のリボンタイを結ぶ――一昔前の少女マンガみたいな制服。
黒いジャケットは制服と言うより燕尾服みたいだ。
明日から毎日これを着てすごすのかと思うとため息が出る。
そいつを窓際にぶらさげてから、俺は支給されたデスクをできるだけ佐伯のデスクから離れたところに設置した。
「なんでそんなに離れる?」
「言わなくても分かるだろ。てか、俺のベッド……」
よく見ると佐伯のベッドはキングサイズになっていた。
1人部屋だったのをいいことに、シングルベッドを2台くっつけて占領していたらしい。
「動かすの面倒だから一緒に寝たら?」
「殺すぞ。趣味の悪いシーツはいらねえから早く返せ」
しばらくあーだこーだごねていた佐伯を無視して、俺は片づけを進めた。
「ところでジョージ。同じ寮ってことは音楽科に編入したんだろうが、お前専攻はなんだ?」
あきらめて紫色のシーツをひっぺがしはじめた佐伯が唐突に聞いた。
「そりゃ、ミュージカル専攻に決まってんだろ」
俺は迷いなく答えて、ふと思い出す。
「なんで決まってるんだ?」
こいつは俺を知らないのだ――。
顔も上げずに、しごく普通に聞き返されてしまう。
「お前さ、子供の頃海外に住んでたりした?」
「住んでないぞ。なんでだ?」
「いや、いい…」
昔と比べられて評価されるのは慣れっこだが、こういうのも意外と傷つくもんだ。
「そっちの方面に進もうと思ってるからだよ。お前は、声楽専攻か?」
「変なことばっかり言うな?なんで声楽だ?」
シングルベッドの寝心地を確かめつつ、佐伯は首を傾げた。
「なんでって…朝歌ってたじゃんか。式の最初に歌うなんてすごいことじゃないの?」
あえて褒めなかったが、あれは間違いなく名カウンターテナーの独唱だった。
「俺もミュージカル専攻だ。あれは、去年まで歌ってたやつの物真似だ。俺、物真似がうまいんだ」
「なんだと…っ」
あれが、物真似――。
ふざけたパーマ頭に一発ぶちかましてやりたくなる。