*旋風
次の日──
「おはようございます」
「おはよう」
1人侍女が満面の笑顔で部屋に入ると嬉しそうに掃除を始めた。
この顔には見覚えがある……昨日、邪魔な赤いバラを渡した通りすがりの侍女だ。
「……」
どうしたものかと掃除風景をしばらく眺め、散歩でもするかと歩き出そうとした。
「あのっ」
「なんだね」
呼び止められて振り向く。
「あの、昨日。お花、ありがとうございます」
はにかみながら応えた。
「ああ、そんな事か」
今更、邪魔だったから押しつけたとも言えない。
「少し出る」
「お気を付けて」
気遣いの言葉を背に受けて部屋をあとにした。
「……参ったな」
壁に手を突いてうなだれる。
この展開はまずいような気がする。誤解され続けるのはどうか……いっそ、侍女全員に花を配れば誤解も無くなるかもしれない。
「軽薄な男」と思われた方が、いくらか楽だ。
「は~」
深い溜息を吐き出した。無表情ながらもその心中は割と当惑しているらしい。
「ベリル」
呼ばれて振り返ると、ランカーが軽く手を挙げて挨拶した。
「出発の準備を手伝ってくれないか」
「構わんよ」
そうして、並んで歩く青年の横顔を一瞥してクスッと笑う。
「誘って正解だったかい?」
「暇でかなわん」
げんなりした様子に再び笑みをこぼす。
「君を野放しにしてたら、さらに騒動が起きそうで怖いしね」
「言ってくれる」
王宮の離れにある、小さめの建物に入る。ガードの宿舎にもなっているようだ。
「!」
中央のテーブルに乗せられている機器に目を留め、青年は表情を明るくした。
「嬉しそうだな」
「久しぶりに見た感覚だ」
ベリルはそこにいるガードたちと握手を交わすと、さっそく機器の説明を聞く。
「さすが傭兵か」
先ほどとはまるで違い、活き活きと見える青年に小さく溜息を漏らした。そんな男の肩を誰かがチョイチョイと指で叩く。
「ん?」
さらに袖を軽く引っ張られて振り向いた。
「どうした? こんな処に」
「あのね」
どことなくランカーに似ているその女性は彼の妹、レイナである。王宮の侍女をしていた。真っ直ぐに伸びた彼の髪とは違い、緩やかなウェーブを描いている。
彼女が、すいと何かを差し出した。
「? ……」
その写真に眉をひそめる。
「もうここまでキテるのか」
「そうみたい」
「ベリル」
「! なんだ」
歩み寄った青年に写真を手渡した。
「……」
その写真に眉をひそめる。
「なんだこれは」
「君の写真だ」
それは、先日の宴の時のものだった。
「結構、出回っているらしい」
「ほう」
「1枚5ドルよ」
女性が右手を広げて応えると、さらに深いしわを刻む。
「他にも何種類か見かけたわ」
「処でお前は誰だ」
「俺の妹だ。侍女をしている」
ベリルはそれに、ああ……と声を上げ再び写真に目を移した。
「で、どんなものがあるのだね?」
聞き返すと彼女は少しためらいがちに目を伏せる。
「あるなら出せ」
「返してくれる?」
兄に言われてエプロンのポケットから1枚、取り出して見せた。
「……」
2人は、その写真に顔を見合わせた。
「いつ……」
「それは俺も知りたい」
どうやら風呂上がりの画像らしい、上半身裸の姿が映し出されている。
「っていうかお前、返してほしいってな」
「いいじゃない。格好いいんだから」
しれっと応えた妹に頭を抱え、ベリルを一瞥した。
「君は出発の日まで部屋から出るな」
「そうさせてもらう」
ある意味、娯楽の一つとして騒がれている部分もある事をランカーもベリルも理解している。しかし、これ以上は付き合っていられない。この騒ぎを無理矢理終わらせる事にした。
そうして出発当日──空港は国を挙げての盛大な見送りだ。
「……」
平和な国なのだな。ベリルは小さく笑ってサングラスをかけた。いくら小国とは言っても、テレビカメラが一つも無い訳じゃない。
王族専用ジェットに乗り込み、ノエル王女の2つ後ろのシートに腰掛ける。
「ベリル、隣に座って。お話がしたいわ」
「解りました」
素直に従い、アライアの横を通り過ぎるときに軽く睨まれた。
「傭兵ってどんなコトをするの?」
隣に腰掛けると、さっそく少女は嬉しそうに問いかける。
「大した事はしない。要請を受けて戦うだけです」
「でも、命がかかっているのでしょう?」
「そうだな、レベルはピンキリだ」
傭兵に興味のある少女は日本に着くまで彼を質問攻めにした。