*アイドル
「見た?」
「見た見た。凄く上品な人よね」
彼が去ったあと、女の庭師たちは花の手入れをしながら話し合った。
「傭兵って話だったけど。本当?」
「見えないわよね~」
「そんなこともないだろ」
女たちの会話に、1人の男が割って入る。
「何がよ。ケイオス」
「お前たち、腕を見なかったのか」
「腕?」
ケイオスと呼ばれた庭師は、自分の腕を見せて説明する。
「筋肉。あれは鍛えられたものだ」
「……」
男の言葉に2人は考え込んだ。顔ばかり見ていたため、体つきまでは気に留めていなかった。
「そういえば、服装もラフだったわね」
ジーンズに黒い長袖インナーに白い前開きの半袖シャツを合わせた格好をしていた。
「背中の腰あたりに銃を携帯していたのがチラッと見えたよ。それを隠すためにああいう着方をしてると思う」
「あんた、よく見てるわね」
女たちは感心した。
「傭兵って聞いてたから、自然とそっちに目が行くよ」
女性と男性では、気に留める場所が違うようだ。
「でもさ、あれなら全然いいわよね」
「うんうん」
「ていうか、そこらの俳優より格好いい」
女たちは、久しぶりの華やかな話題にキャアキャアと黄色い声を上げながら仕事を続けた。
「暇だ」
つぶやいて、王宮の通路を歩く。
「!? えっ?」
持っていたバラを通りすがりの侍女に渡し、そのまま外に出た。
「!」
どうやら出た先は馬場らしい、みごとな馬たちが柵の中を優雅に駆けている。する事も無い青年は、そんな馬たちを柵に肘をついて眺めていた。
「! ベリル様、いかがなされました?」
「暇なだけだ」
どうしてこんな人間までが自分の名前を知っているのかと多少の疑問を残しつつ、馬の世話をしている男に話しかけられて無表情に応えた。
「乗られますか?」
「ふむ……」
示された馬たちを一瞥し、しばらく思案する。
「ハァッ!」
勢いよく馬の腹を蹴り、その脚を速め頬に受ける風を感じて目を細めた。
「どうどう」
ひとしきり風を楽しみ馬を止め、なだめるようにその首をさする。
「素晴らしい乗りこなしですね」
「馬がいいんだよ」
発して馬から下り、微笑んで馬の顔を見上げた。
「よく世話されている」
「ありがとうございます」
夕刻──
「君、何をやってるんだ」
食堂で酒を傾けているベリルにランカーは眉をひそめた。
「仕方なかろう。暇なのだ」
「そうじゃない」
言って、青年の隣に座る。
「王宮じゅう君の話で持ちきりだ」
「……?」
理解していない彼に深い溜息を漏らす。
「君、庭園で何かしたな」
「花を見ていただけだ」
「で、いち輪もらったその花はどうした」
「通りすがりの女性に渡した」
「馬場では何を?」
「馬に乗ったが」
「……」
「?」
ランカーはワインを飲むベリルを眺めて「君、アイドル並に騒がれているよ」と言い放った。
ブハッ!? 青年はワインを吹き出した。
「……は?」
目を丸くしてランカーを見やる。
「やっぱり自覚無かったな」
「どういう意味だ」
眉をひそめながら気を取り直すように、ワインボトルからワインをグラスに注ぐ。
「君、自分が目立つ容姿だと自覚してないだろう」
「目立つかどうかは知らんが……」
再びワインを傾ける。
そんな彼に、「君のファンクラブが出来そうだ」と付け加えた。
ブハッ!? 再び吹き出す。
「ゲホッゴホ……?」
咳き込みつつ男を見やり、ぐいと口を乱暴に拭う。
「なんだそれは」
「もうちょっと注意しろよ。君のことはただの傭兵としかみんな知らないんだぞ」
「注意しろと言われてもだな」
「俺が言わない限り大丈夫だとは思っているが」
ワインボトルに目をやる。
「飲むかね」
「そのワイン。かなり高級なやつだ」
そんな青年に男は溜息混じりに発した。
「美味いぞ」
グラスを小さく掲げた彼に、男は再び短く溜息を吐く。
「まかないは君のことが気に入ったらしい。滅多に出さない年代物だ」
「……」
言われて、ワインをマジマジと眺めた。
「小国だからな。賓客も珍しいうえに傭兵でその言動はかなり目立つ」
まあ気をつけろ……ポンと青年の肩を叩き、食堂から出て行った。去っていくその口元がニヤリと笑んでいたのを彼は見逃さない。
ドン!
「サービスだ」
「……」
当惑するベリルの前に、鶏の丸焼きが鎮座した。
「!」
そこにアライアが入ってくる。青年もベリルに気付いて睨みを利かせた。
やれやれ、私は彼に嫌われているらしい……肩をすくめて溜息を吐き出しワインを口に含む。
「随分、人気があるじゃないか」
近づき、嫌味を込めて言い放つ。
赤茶色短髪と焦げ茶色の瞳にその顔立ちは、まだ成人になりきれていない幼さを残していた。
「それほどでもない」
挑戦的に見つめる目を一瞥し、しれっと応えた。
「……っ」
一瞬、体を強ばらせギロリと睨みを利かせる。
見た目は青年とはいえ年期が違う、その存在感に言葉を詰まらせた。
「はて、何かしたかな」
フンッ……と鼻を鳴らして食堂から出て行くアライアの背中を見つめ、さして気にもしていない声色でつぶやいた。