*煌(きら)びやかに
ルシエッティ王国──王族が住まう城にベリルは訪れていた。いくら小国とはいえさすが王族だ、王宮の品はどれも豪華なものばかり。
大理石の回廊には高価な陶芸品と絵画が飾られ、侍女と青年の足音だけがゆっくりと響いていた。
「まずはお后様との謁見です」
侍女が一際、豪華な扉の前で会釈して発した。普通なら王との謁見が先のように思われるが、彼を選んだのは王妃という事で「まず先に見ておきたい」との事だった。
なんとなく、スーパーで選ばれた魚のような感覚になる。
「まあ構わんが」
外見のみで選ばれたようだし……ほぞりと口の中でつぶやき、開かれた扉をくぐり抜けた。
高い天井に吊り下げられたシャンデリアが微かに透明の音を立て、2つある玉座の向かって右側に女性が上品に腰掛けて入ってきた青年を見つめている。
見栄えのするドレスに身を包んだ王妃だ。
「あなたがベリル?」
「はい」
青年にしてみれば、おおよそ似合いそうもない丁寧な言葉を発した。
「よく来てくれました。詳細はランカーに聞いて頂戴」
美しいブロンドをアップしダイヤの散りばめられた髪飾りが輝く。王妃は青い瞳で青年をじっくり眺めると、納得したように数回頷いた。それは『合格』を意味しているのだろう、それだけ告げると部屋から出て行った。
「ベリル」
「ん?」
振り返るとランカーが親指を示し、「君の部屋に案内する」とあごで促した。
「……」
案内された部屋に青年は唖然とする。ホテルのスイートルームを越えた造りに何も言えない。
「私に、ここに泊まれというのか」
眉間にしわを寄せる。豪華な天蓋付のベッドに、美しい花々が咲き誇る庭園が見渡せるバルコニー。
「君は大切な客だ。失礼があってはならない」
「私は厩でも失礼とは感じない」
王族の見栄もあるのだろうが、この待遇にはいささか呆れる。そして、侍女が持ってきた服に眉をひそめた。
「ああ……」
それに気付いた男は、その服を軽く持ち上げる。
「君の衣装だ」
「遠慮したい」
「君がそれでいいなら構わないが、周りとは雰囲気が……」
「違っても構わん。むしろそうしたい」
「今夜は宴だ。君にも出てもらう」
「!? なんだと?」
上品な形をしているくせに何が嫌なのか……あからさまに嫌悪感を表情に見せつける青年に眉をひそめる。
むしろこの城にいても何ら違和感を感じない言動の青年だというのに、それと本人の居心地の良い場所とは異なるようだ。
「そういう訳だ」
ニヤリと笑い部屋から去っていく。
「……」
男の背中を見送ったあと、しばらくその衣装を呆然と眺めていた。
その夜──
「……」
青年は一応、与えられた衣装を着てみたものの姿見に映し出された自分の姿に頭を抱えた。白い軍服風の上着に金の房が付いた、いかにも高そうな装飾が施されている。
本当に行かなくてはならんのか……?
ノックの音が聞こえて、このまま逃げ出したい気分にかられた。
「! やあ、似合うじゃないか」
「本気で言っているのなら殴るぞ」
迎えに来たランカーをギロリと睨み付ける。
「今日の宴で王女と王、アライアに顔見せなんだよ」
「出来れば別の機会にしてもらいたい」
「まだ怒ってるのか?」
「お前は嬉しそうだな」
「君はいつも飄々(ひょうひょう)としているからね。そんな顔を見られて楽しいよ」
「言ってくれる」
しばらく歩くと大きな扉が目に映る。
「……」
このまま引き返したいものだが……青年はそんな衝動を必死に抑えた。そうして、開かれた扉から見えた景色に一瞬クラリとくる。
ランカーはそんな彼の背中に手をあて中に促した。その笑顔には「早く入れ」という威圧感が漂う。
何故、私がこんな処にいなくてはならん……青年は半ば苛ついて宴に参加した。運ばれるカクテルグラスを一つ手に取る。
出来れば、思い切りブランデーを流し込みたい気分だ。
「!」
ランカーが手招きしているようだ、しぶしぶ従う。
そこには昼間、謁見した后と、隣には綺麗なドレスを上品にまとう少女に、凛とした青年。そして髭を蓄えた恰幅の良い男性。
「こちらが国王のレリアンサイド王。そして今回、君が警護に就くノエル王女に、近衛のアライア」
ランカーの紹介に、青年は丁寧に会釈した。そんな彼に手のひらを上にして王女たちに示す。
「そして、こちらがノエル様のガードに就くベリル・レジデントです」
「よろしく頼みます」
少女がニッコリと可愛い笑顔を見せ、右手をすいと差し出した。
「……」
差し出された青年は、少し眉をひそめてランカーを一瞥する。彼は目で「早くやれ」と指示した。
少し眉をひそめ、その手を左手で受け止めて甲に軽くキスをする。彼の上品な態度と容姿に3人は満足げだが、隣にいるアライアという青年だけはふてくされていた。
そして、彼を挑戦的な目で睨み付けている。
「まあ構わんが」
口の中で発し、その視線をスルーして再びカクテルを手に取る。
料理が並べられているテーブルへ向かい、料理に手を伸ばしたとき音楽が流れた。その音楽に合わせて数人がダンスを踊り出し、宴が本格的に始まる。
「……」
目の前で繰り広げられる光景に、フォークを噛みつつ呆然とした。普段から上品な彼がそうしていると微妙に可愛くも見える。
「!」
そんな青年に女性が1人、目の前に立つ。
手を差し出された。これはまさか……
「お相手、して下さるかしら」
「……」
彼は相手に気付かれないように溜息を吐き出すと、その手を取ってダンスホールに足を向けた。
「! ほう……傭兵のくせに、やるじゃないか」
ランカーは口の端を吊り上げてその様子を眺める。元々、存在感のあるベリルに、そこにいた人間は釘付けになった。
1曲が終わり、彼は再びテーブルへ──
「!」
目の前にノエル王女がいて手を差し出している。
相手は王女だ、断るに断れない。仕方なくノエル王女を連れてまたダンスホールに戻っていった。
そんなこんなで宴も終わり、ベリルは疲れたように服を乱暴に脱ぎ捨てるとベッドに体を投げた。
「……こんなに疲れたのは久しぶりだ」
深い溜息を漏らしてつぶやく。
心身共に疲労が激しい。そのまま意識を無くしかけたとき、部屋のドアがノックされた。