呆れた頼み
その青年、ベリル・レジデントはひと仕事を終えこれから休暇でもとろうかとオープンカフェのテーブルに世界地図を広げた。金髪のショートヘアに、エメラルドの瞳は印象的で外見は25歳ほど。
アメリカ合衆国、フロリダ州──東南部に位置する州である。メキシコ湾と大西洋に挟まれるフロリダ半島の全域を占めており、北はジョージア州とアラバマ州に接している。
サンベルトと呼ばれる比較的気候が温暖な州の一つだ。
「!」
その青年が地図を眺めていると、目の前に黒いスーツを着た男が彼を見下ろした。栗毛で少し長めの後ろ髪をゴムで簡単に束ねている。
長身の男はサングラスを外し切れ長のブラウンの瞳で青年を見つめた。
「ベリル・レジデントだな?」
「何か用かね」
怪訝な表情を浮かべる青年に男は静かに発する。
「君に依頼したいことがある」
言って、すいと懐から何かを取り出した。
「?」
差し出された写真を見やると、どこかの王族らしいものだ。
「王女が外交のため国外に出る。そのガードを頼みたい」
「……」
青年は、眉をひそめて向かいのイスを促し腰掛ける男に口を開く。
「私は傭兵なのだが、理解してくれているのだろうな」
「もちろんだ」
ならば何故、警護など依頼してくる……青年はますます眉間にしわを刻んだ。
「お后は初めての王女の外交に粗相があってはならないとガードを厳選された」
「厳選するならガード専門の奴にしろ」
「もちろん、ガードにも目を通した」
「何故、私に……」
その問いかけに、男はしばらく考えるような仕草をしたあと、「正直、我が国は狙われる要素などほぼ0%だ」
「!」
「極小で地図にも載っているかどうかすら解らない。専門的な知識より……」
「見た目重視と言いたいのか」
頷いた男に頭を抱える。そんな彼に男は続けた。
「申し遅れたが、俺はランカー。王族付の『なんでも屋』だ」
そう言ってもう1枚、写真を差し出す。
「これはケインだ」
見せられた写真に応えた。しかし男は、目の前に映し出されたゴツイ男の後ろにちょろりと映っている人物に指を示す。
「……なるほど。そういえば2ヶ月ほど前に奴と仕事をした」
こんな写真から私を辿ってくるとは……
「この男を探し出し、映っている人物の居場所を訪ねた」
「そんな手もあったな」
呆れて目を据わらせ、コーヒーを傾ける。
「断る。と、言ったら?」
「受けてくれるまでつきまとう」
それは困る……
「報酬は弾む。受けてくれないだろうか」
ベリルは言われて、小さく溜息を吐き出す。
「私は“表”には顔を出さない主義でね」
「だったらサングラスでもすればいい」
さらりと青年の言葉を返した。
「処で」
男は付け加えるように問いかける。
「ずいぶんと面白いしゃべり方だな」
「親が厳格だった」
即答すると互いに見合い、沈黙がしばらく訪れた。
「王女付のガードも同行する」
「何人だ」
「側近として1人。あとは周りに数人」
「性別は」
「男だ。名前をアライアという、20歳だ」
「! 若いな」
「君とそう変わらないだろう」
と、30歳を過ぎた辺りのランカーがいぶかしげな表情を浮かべる。
「5つも違えば変わる」
「それで、受けてくれるのか?」
「……ふむ」
小さく唸り、王族の写真を見つめる。
「断れないのだろう?」
「受けてくれるまで依頼し続ける」
そこまで言われては受けるしかない。
「高いぞ」
溜息混じりに立ち上がった。
「承知している」