*ティブレイク
「今……せいしつ。とか言ったか?」
アキトは自分の耳に入ってきた言葉に信じられない様子で、周りにいる人間に聞き返した。
「俺にもそう聞こえたが」
ランカーも目を丸くしているが、ダグラスだけは平然と言い放つ。
「あ、やっぱりそうなっちゃうんだ」
「お前……驚いてないな」
「まあ、結構そういうコト今までもあったからね」
「本当か!?」
2人は同時に声を張り上げた。ダグラスは頭をポリポリとかきながら、うなだれているベリルを見やる。
「ベリルって、誰にでも優しいだろ」
「え、まあそう……みたいだな」
「それと関係があるのかい?」
「実はさ、恋愛感情は無いんだよね。根本的に」
「!?」
驚いた2人に視線を移さず続ける。
「多分、そのせいだと思うんだ。相手が性別を超えちゃうの」
中性的な顔立ちというならまだ理解も出来るが、いくら小柄でも男は男で……体格だって細身ではあるが、むしろがっしりしている方だ。
「う、う~ん……」
アキトとランカーは頭を抱えて考え込んだ。
「私は男なのだがね」
ようやくベリルは口を開く。
「俺の国は、皇族だけは同性でも婚姻が認められているのだ。俺と一緒に国を治めようではないか」
「……」
目を輝かせて言われてもな……
「血筋はどうする」
「それも大丈夫。正室と側室、どちらかに世継ぎを残せる者がいればいいのだ」
「そうか、側室ってあるんだな」
もうこれ以上、驚く事なんて何も無いのだろうか、アキトが普通に反応する。
諦めの状態なのか、慣れてしまったのか定かではないが……
「愛人とか公然とあるんだから、羨ましいよね」
「助けなくていいのか?」
そんなダグラスに、ランカーは目を向けた。
「まあまあ。困惑したベリル見るのって無いから、しばらく眺めてようぜ」
ダグラスは右手を軽く振り、笑って発した。
「お前、鬼だな」
と、とにかく……この状況は若い王女とアライアにはよくない気がする。ランカーは2人を別の部屋に促した。
「ベリル、愛しているぞ。俺の妻になれ」
「断る」
即答。
「どうしてだ」
「言わなくても解るだろう」
「国のトップになれるんだぞ」
「そんなものに興味はない」
「俺の后になれるんだぞ」
「そこになびく男がいると思うか」
「強情だな!」
「普通だ」
たたみ掛けるような2人の会話に、ランカーたちは何も言えずに呆然とする。
「は~」
ダグラスは仕方なくベリルたちに近づいた。
「あんなに怒られて、よくベリルに惚れたねぇ」
上半身を曲げてレオンに問いかけると、青年は少し視線を落とした。
「俺に、あんな言い方をした奴は初めてだ。しかし、それが理由じゃない」
ダグラスは薄笑いで目を据わらせ、レオンを見つめる。
「単に、顔とスタイルに惚れたんだろ」
「そうだ」
「……」
ベリルはこれでもかと眉間にしわを寄せた。
「付き合ってられるか」
呆れて立ち上がる彼にレオンは慌てた。
「ま、待ってくれ!」
追いかけてくるレオンに振り返り、ギロリと睨みを利かせる。
「いい加減にしろ。そんな事に付き合っているほど暇ではない」
「……」
黙り込んだ青年に、これで諦めてくれたか……とベリルは小さく溜息を漏らした。
しかし──
「俺は諦めないからな!」
叫んで非常階段から降りていった。
「……」
当惑するように影を見送るベリルに、ダグラスは肩をポンポンと軽く叩いて口の端を吊り上げる。
「残念だったね」
「喜ぶな」
ひとまずの決着を見せた事に一同はとりあえずホッと胸をなで下ろした。ただ1人、ベリルだけは跡を濁した結果となり、さっぱりしない顔をしている。
「俺たちのことを、王様たちに正直に話します」
テーブルに腰を落とし、ベリルの煎れた紅茶と作ったお菓子を味わいながらアライアは口を開いた。
「それがいいでしょう」
ランカーがニコリと笑う。周りでは、清掃業者がカーペットの汚れを落としている最中だ。
生憎、死人はいない。
彼らを普通の医者に診せる訳にはいかないため、訳ありな人間の病気や怪我を治療する医者、すなわち闇医者に案内した。ベリルには馴染みの闇医者がいる。
名は──
そこに、エレベータが到着した。
「おらベリル!」
汚れた白衣で無精髭を生やした中年男性が、彼を指さしながらエレベータから降りてくる。
「やあマヒト。元気そうで何よりだ」
優雅にカップを傾けていたベリルは、にこりと笑ってその男に挨拶をした。
「元気そうで。じゃねぇよ!」
マヒトと呼ばれた40代後半の男はベリルの隣に来てテーブルに左手をつく。
「重傷人を何人連れてくる気だ! こっちは大変だったんだぞ」
「儲かっていいだろう」
「平然と言ってんじゃねぇ」
ふと、マヒトはテーブルに置かれているモンブランに目をやる。
「お前が作ったのか」
「まだ4つほど残っているよ」
「3つ包んでくれ! いや、全部だ」
聞いた途端、そこにいたホテル従業員に声を張り上げた。