*レオン皇子
「やあ、こんにちは。ノエル王女はご機嫌麗しく」
「……レオン皇子」
ランカーは絞り出すような声で、その青年の名を口にした。艶のある漆黒の髪をさらりと流し、切れ長の目でランカーを見たレオン皇子は、ベリルを一瞥する。
「君が雇ったその男、少し調べさせてもらったよ。まさか傭兵なんて使い物になるとでも思ったのかい?」
フフン……と鼻で笑った。
「君たちの情報は筒抜けなんだよ。だから、先手を打たせてもらった」
「!」
内通者がいるという事なのか? ランカーとアライアは驚いたが、彼が言っている情報はベリルがホテルに乗り込む事じゃなく「ガードを雇う」という部分なのだろう。
その情報なら簡単に入手できる。
王女の拉致に失敗した部下たちに業を煮やし、短気な皇子は先に仕掛けてきたのだ。
「ベリル、だっけ?」
レオンはベリルをやや見下ろし、冷ややかに見つめる。
「いくら傭兵の間では『素晴らしき傭兵』と呼ばれてたって、こっちの世界の事はシロウトだろ」
自分より少し背の低いベリルに警戒心すら湧かないのだろう、彼はそれに苦笑いを返した。
そしてベリルは、自分たちに銃を構えている男たちをゆっくり一瞥していく。
「さあ、王女。俺の元に」
レオンはニヤけた顔をノエルに向けた。
「い、嫌です!」
皇子の片眉がピクリと動く。
今は丁寧な対応をしている皇子だが、その本性をいつ現すのか解らない……アライアとランカーは王女が殴られはしないかとビクついた。
「ダグ、何を持っている」
ベリルが小声で隣にいるダグラスに問いかける。
「今あるのはナイフ2本とハンドガン1丁」
「どちらが先だ」
訊かれた青年は少し目線を上に向けた。
「先に出せるのはナイフ」
次にアキトに問いかける。
「アキト、すぐに動けるか」
「まあなんとか」
確認したベリルは、少し目を据わらせてレオン皇子を一瞥した。
「私は正面の3人。お前たちはそれぞれ左右で5人」
「残りのやつは?」
「大丈夫だよ。こっちが攻撃したら動揺するからその間に前をやって、後回しね」
アキトの質問にダグラスが応えた。
「レオン皇子」
「!」
声をかけられた皇子は鬱陶しそうにベリルに近寄り、顔を向ける。
「なんだ?」
「私の事を調べたと言っていたが。どうやってかな」
その問いかけに、ああ……と小さく声を上げる。
「そんなもの、普通に調べれば出てくるだろう」
レオンの言葉に、ベリルはクスッと笑みをこぼしダグラスは鼻で笑った。
「何がおかしい」
2人の反応にカチンと来たレオンにダグラスが応える。
「だってねぇ。普通に調べただけじゃあ、俺たちのコトはほとんど解らないよ」
「なんだと?」
「そうそう。信用のおけない相手に、簡単に個人情報教えるほど、俺たちは甘くないワケ」
アキトも同意するように口を開いた。
「それに……」
ダグラスは付け加えるように続ける。
「ベリルのその名は、伊達じゃないよ」