*鈍感
準備を済ませてホテルをあとにした──外に出る直前にベリルは黒いサングラスをかる。
「まさか電車には……」
アキトは心配したが、玄関を出るとリムジンが迎えていたので安心する。
助手席にランカー、向かい合わせの後部座席にダグラス、アキト、王女にアライアとベリル。さすが5人乗っても快適だ。
ベリルを隣に座らせた少女にアライアは険しい表情を見せるが、ベリルは気付かないのか無視しているのか……
「……」
まあ付き合ってるコトを悟られないためには、違う人間を隣にしてる方がいいけど……ダグラスは3人を見つめて心の中でつぶやく。
しばらくすると、リムジンは静かに停車した。どうやら目的地の近くらしい。
「あのような場所で人が集まる事は避けたい」と、ベリルは付近で止まる事を提案した。確かに、こんな大きなリムジンが止まっていれば何事かと見物客が押し寄せても不思議じゃない。
車から降りる一同に降り注がれる視線──そもそも、彼らが目立たない訳が無い。リムジンよりも、そちらを考えるべきだったのではないだろうか。
人形のように愛くるしい少女と、天使のような微笑みを持つダグラス。主にこの2人が目立っていた。
サングラスを外せば、ベリルもその仲間入りだ。
「カミナリモンはその先です」
ランカーが右手で示す。
「楽しみだわ」
少女が嬉しそうに信号を横断した。
その時──
「!」
黒ずくめの男たちが、一斉に駆け寄ってベリルたちを取り囲んだ。
「キャ!?」
「敵?」
「王女! 真ん中に!」
ランカーが素早く王女を中心にした。ベリルの右横にダグラス、左にアキト少女を挟んで後ろにランカーとアライア。
「何?」
「イベント?」
突然の事に、観光客たちは何かのイベントなのかとその様子を眺めた。
「こんなトコで仕掛けてくるとはね~」
ダグラスは苦笑いで男たちを見やり、ベリルは相手を1人ずつ一瞥する。
「私は正面の3人。ダグは左の2人を。アキトは右の2人。ランカーは残りの2人、アライアはノエルを」
「OK」と、アキト。
「了解」ダグラスが軽く答えた。
「解った」
ランカーとアライアは同時にうなずく。そしてベリルがすっと体勢を低くし、素早く男の1人に駆け寄った。
それを合図に、ダグラスたちも動く──
「!!」
ベリルは殴りかかってきた男の腕を掴み、鮮やかに投げ飛ばした。同時に、横にいた男に回し蹴りをお見舞いする。
「げふっ」
「あちゃ~痛そう」
ダグラスは口の端をつり上げた。
「うわ……っと」
そんな彼に飛びかかってくる1人の男を軽くかわし、腹に膝蹴りをかます。
「がふっ」
「痛かった? 長い足がごめんなさ~い」
「てめっ! ふざけてんじゃねーよ」
2人の男の相手をしながらアキトが声を上げた。
「お前は相変わらずだな」
溜息混じりにベリルは目を据わらせる。
「人生、楽しまなくちゃ~」
「こいつら……」
アライアが呆れて3人を見つめた。
「きゃあっ」
男の1人が少女の腕を掴んだ。
「! ノエル!?」
とっさに叫んだアライアの脇からベリルが素早く近付き、男の腕を膝と肘で勢いよく挟む。
「ぐおっ!?」
痛みで手を離した男のあごを蹴り上げ、ドサッ……と倒れ込んだ男を最後に、闘いは終わりを告げる。
周りから大きな歓声が上がった。
「な、なんだ?」
「びっくりした」
「パフォーマンスだと思われてるね」
「とにかく車に」
ベリルは一同をリムジンに促す。
「! どこいくの?」
1人だけ離れるベリルにダグラスが問いかけた。
「先にホテルに戻っていてくれ」
「解った」
ホテルに戻る車の中──少女はアライアの腕の中で泣きじゃくっていた。
「怖かった」
「……」
奴らは、おそらく皇子の配下の者だ……ランカーは険しい表情を浮かべる。闘っている時に喋っていた言葉のアクセントに皇国のクセがあった。
「日本は危険な国だな」
「!」
アライアの声にハッとする。
「おいおい、ありゃ日本人じゃなかったぜ。日本はかなり治安のいい国なんだ」
アキトはそれに反論した。
「あれはレオン皇子が差し向けたものでしょう」
ランカーの言葉に王女はビクリと体を強ばらせた。
「レオン皇子……まだ懲りずに」
「なに?」
「そこんとこの事情は聞いてないね」
「! ああ、言い忘れていた」
ランカーはホテルに戻るまでのあいだに2人に説明した。
「処でベリルはどうしたんだい」
「ちょっと寄るところがあるみたい」
ダグラスは伸びをしながら答える。
そうして一同はホテルに戻り、少女をなだめるためにアライアがノエルの部屋に入る。
最上階のエントランスでくつろぐランカーたちの目にエレベータのランプが光り、しばらくするとドアが開いた。
「あ、ベリル。おかえり~」
「どこに行っていたんだ!」
眉間にしわを寄せながらランカーが駆け寄る。
「!」
その手には、大きな紙袋が提げられていた。
「これは?」
「観光出来なかったろう」
「ああ、お土産とかだね」
「うおっベリルさん気が利く」
そんな彼らの耳にドアの開く音が届き、視線を移すとアライアが静かに部屋から出てきた。
「どうだ?」
ランカーが心配そうに駆け寄る。
「うん、なんとか落ち着いた」
「あの2人は付き合っていたのだな」
「今頃!?」
ベリルのつぶやきにアキトは目を丸くした。ダグラスは、むしろ彼がようやく気付いたことに感心した。
「いつ気付いたの?」
「彼が王女の名を叫んだ時かな」
付き合っていなければ、あの状況で名前を呼ぶ事は無いだろう。
そこは解るんだ……ダグラスは苦笑いした。