嫉妬の果てに
新田の言葉に焦りは募っても、彼に俺の想いを伝えるなんて出来る筈もなく、イライラとしながらあっという間に何ヶ月かが過ぎ去った。
相変わらず俺は、彼の研究室に通う日々が続いている。
季節はすっかりと春を迎えて暖かくなり、俺は大学四年に進級していた。
そして、今日も講義が終わった後、俺は彼の研究室にやって来ていた。
「ああ、武藤君」
「先生」
ドアを開けると変わらぬ彼の笑顔がある。
その顔を見て、思わず俺も笑顔になった。
ああ、やっぱり俺は、彼が好きだ……
彼だけが、好きだ。
今日の彼は、いつもよりニコニコとしていて、とても機嫌が良さそうだ。
何故だろう?
何かあったのだろうか?
「すまないが、武藤君。今日はもう帰らなければならないんだ。今日は、君の研究論文に付き合えない」
「え?」
「今日は結婚記念日でね。妻と約束があるんだ。また明日、君の研究は見るので今日は帰ってくれないか?」
そう言った彼は、照れ隠しなのか頭を軽く掻きながら俺から視線を逸らした。
そんな彼の顔を覗き込むと、頬を少し赤く染めている。
彼の左手の薬指には、シンプルなプラチナの結婚指輪が輝いている。
彼が指を動かす度に、窓から入って来る陽の光でプラチナの指輪は煌めいて見えた。
指輪が光を反射する度に、ズキリと心に痛みが走る。
彼の隣を堂々と歩けるのは、俺じゃない。
彼が好きなのは、俺じゃないのだ。
ギリッと奥歯を噛みしめながら、見た事もない彼の妻に羨望と嫉妬を覚えた。
次の日。
俺は昨日の出来事ですっかり落ち込んで、自分のマンションのベッドでゴロゴロとしていた。
昨日、彼と別れた後、まだ見ぬ彼の妻への嫉妬で荒れ狂った俺は、浴びる様に滅茶苦茶に酒を飲んだのだ。
それこそ、意識が飛んでしまうまで。
今、俺の隣には、昨日連れ込んだらしい女が裸のまま寝ている。
この女とセックスした事すらも、よく覚えていない……
今日は、本当なら彼の研究室に行かなければならないのに。
そんな気になれずに、二日酔いで痛む頭を抱えて、俺はベッドから動けずにいた。
……最低な気分だ。
どうしたら、この苦しみから抜けられるのだろう。
目の前に浮かぶのは、彼の笑顔だけだ。
「……貴文……」
聞き取るのは難しい程の小さな声で、彼の名を呟いた。
……彼の事を思うだけで、涙が出そうだ。
彼の事だけを考えながらベッドでごろ寝をしていると、枕元に置いてあった俺の携帯電話が、急に着信を告げる派手な音を立て始めた。
ディスプレイを見ると、俺の一番嫌いな男の名前が映し出されている。
「……新田か」
その着信に出る気にもならなくて、そのまま放って置いた。
だが、一回切れてもその後、何度も何度も携帯は鳴り響いた。
「……うるせえな」
あまりのしつこさに、仕方なく通話のボタンを押す。
『早く出ろ! バカ野郎!』
電話に出た途端に、耳元で大きく響く聞きたくもない新田の声。
「何だと、この野郎!」
『喧嘩してる場合じゃない! 今日は、お前大学にまだ来てないだろ?』
「それがどうした? そんな事はお前に関係ない」
『バカ! 雅也、よく聞け!……紫村先生の奥さんが、昨日交通事故で亡くなったんだ』
「何?」
何だと?
彼の奥さんが?
死んだ?
嘘だろう?
「な……新田、何言ってるんだよ」
声が震える。
『死んだんだよ、お前の愛しのセンセイの奥さんが!』
目の前が、一瞬にして暗くなった。