彼の研究室にて
「一体、どういう事だ……」
「懐かしいですね、先生。この研究室……」
挨拶に行った次の日、俺は六年ぶりに彼の研究室に訪れていた。
あの頃とあまり変わっていない、彼の研究室。
変わったと言えば、以前よりも雑然として本が増えた事くらいだろうか。
昨日の挨拶の後、俺は直接ここに来るように、彼に呼び出された。
それも、当然だろう。
以前、自分を押し倒して愛を語った相手が、娘の結婚相手として突然現れたのだから。
彼は俺を睨みつけて、今まで見た事がないような険しい表情をしていた。
そんな顔を見せてくれるのさえ、俺は嬉しく感じると言うのに……
「私は思い出話を聞きたい訳ではない! 答えろ、武藤君!」
昨日は娘の手前、こんなに語気を荒げる事はなかったのに……
正しく、俺の見たかった彼の本当の心の内。
俺は今、彼と対等なのだ。
……ゾクゾクする。
「どういう事かと言われても……俺は美由さんと偶然同じ会社で知り合って、普通に恋愛をして、彼女と結婚したいと思っただけですよ」
「……それは本当なのか?」
いつも穏やかだった瞳が、熱く燃えて俺を見据える。
「本当ですよ。俺は彼女が好きなんです。じゃなきゃ結婚したいなんて言いませんよ」
「まさかとは思うが、ウチの美由を陥れたんじゃないだろうな?」
「先生こそ、何を疑っているんですか?」
俺はニヤリと唇に笑みを浮かべて、彼の座っているソファにゆっくりと近付いて行く。
まるで六年前の、あの時のように。
「……私に近付くな。む、武藤君」
「嫌だなぁ、先生。まさか俺が、先生に何かするとでも思ってるんですか? あれから、どれだけの時間が経っていると思っているんです。人の気持ちは、変わるものですよ」
距離が近付くにつれ、怯えた顔を見せる彼。
ああ、好きだ。
好きだ。
彼だけが、好きだ。
彼だけが、愛しい……
「それとも、変わっていて欲しくないんですか?」
「止めてくれ……」
「何もしませんよ。……お義父さん」
彼を敢えて義父と呼びながら、俺は小刻みに震える彼の隣に座り込んだ。
そして、彼の頬に手を当ててゆっくりと彼の顔のラインを撫でつける。
彼が緊張して身体を強張らせながら、ゴクリと喉を鳴らして息を飲んだのを、自分の熱くなった指先に直接感じる。
彼に触れる指先から、身体中に至福の恍惚感が広がってゆく。
愛する人の、六年ぶりのこの感触……
「やはり君に、娘を渡す訳にはいかない……」
「貰いますよ」
「だって、君はっ!」
「先生は、ご自分の孫を殺すおつもりですか?」
「な、何だと? 美由はそんな事、何も言ってなかったぞ!」
孫と聞いて、彼の顔色が一瞬にして変わった。
そう……
愛しいあなたと俺を繋ぐ、新しい命の絆。
決して切る事の出来ない、血の絆だ。
次話でラストになります。