彼女との出会い
大学を卒業して、五年の月日が流れた。
俺は人並みに就職をして、忙しく働く日々を過ごしている。
しかし、五年という月日は流れても、彼以上に好きになる人間はまだ俺の前に現れていなかった。
誰に対しても本気になれない……
そんな中、関わる事あるといえば、遊びの関係だけ。
最近では、女ばかりだ。
別に男でも女でもどちらでも構わなかったが、普通に社会人として会社に勤めていれば、寄ってくるのは女が多い。
……それだけの理由だ。
彼でなければ誰でも同じと言う事実は、今もまったく変わっていない。
五年も経つと、彼の顔さえぼんやりとしてしまい、はっきりと思い出せはしないと言うのに。
大学の卒業式を最後に、彼の姿は一回も見かけてはいない。
その卒業式、彼は俺と目すら合わせてはくれなかった。
俺は式の間中、彼の事しか見ていなかったというのに……
やはり、そこまで嫌われていたのだと、その時はどん底の失意を味わった。
それでも、未だに彼の事は忘れられない。
いつまで俺は、彼の幻影に捕らわれているんだろうな……
……もしかしたら、一生かも知れない。
まあ、どうせ誰に対しても本気になれないのだから、それはそれでしょうがないが。
五年という長い月日の果て、俺はすでに諦めの境地に陥っていた、そんな時だった。
彼と会えなくなってから、無為の日々を過ごしていた俺に、ある日人生を変えるような転機が突然訪れたのだ。
彼と最後に会って以来の、六度目の春を迎えた時、その転機は訪れた。
俺は中規模な商事会社の、営業の仕事をしている。
毎年、春になると新入社員が入り、俺の部署にもやって来る。
しかし、新入社員が入って来るとは言っても、それがどんな人間であろうと俺はまったく興味が湧かなかった。
せいぜい、仕事の邪魔をするような野郎が入って来なければいい。
女であれば、うるさく付きまとうような女でなければいい、その程度だった。
「紫村 美由です。よろしくお願いします!」
上司が連れて来た何人かの新入社員。
フロアの端にズラリと並んで、元気よくはっきりとした声でお辞儀をする一人の女。
……紫村?
その名前を聞くまでは、新入社員など興味も持てずに、顔すらろくに見てはいなかった。
紫村と言う彼と同じ名字に身体がピクリと反応して、お辞儀をしている女に視線を向ける。
女がお辞儀をしていた顔を上げた瞬間、俺はあまりの衝撃で身体が震え、ゴクリと息を飲んだ。
彼だ!
先生にそっくりだ……
小柄な身体。
彼に良く似た目鼻立ち。
薄めの唇。
女であるせいか、彼よりは柔らかな優しげな印象がある。
彼女は、彼の娘だ!
緊張した面持ちで、少し強張った笑顔を浮かべる彼女。
彼の姿が、彼女を通して透けて見えるような感覚になる。
見れば見るほど彼に似ている彼女を見て、俺は久しぶりに身体が熱くなるのを感じた。
これは、運命だろうか?
だって、卒業以来彼とはまったく関わりがなかった。
彼が今どうしているかも、まったく知らない。
でも、こうして彼の娘が、俺の目の前にいる……
そう言えば彼には、あの当時中学生だった娘がいたはず。
彼の妻の葬式で、彼に胸に縋り付いて離れなかったあの娘か……
その時は、甘えて彼に縋りついてまったく離れようとしないあの娘に、不快感を覚えたものだった。
……時が経つのは早いものだ。
その時の小娘が今、俺の目の前で笑っているなんて……
そんな彼女を見つめながら、俺は誰にも見つからないように口元を片手で隠しこみ上げる笑いを堪えた。
彼によく似た彼女――
俺には、彼女の姿が一筋の光を放っているように見える。
まるで神が、俺に味方をしているかのように感じた。
禁断の関係の始まりですね。
しかし、黒い鬼畜な男ですな。(笑)