校正者のざれごと――セル画1枚70円? 平成~令和の「内職」事情
私は、フリーランスの校正者をしている。
校正というのは地味だし大変な仕事だが、楽しいとも思っている。子どもたちにも、仕事はお金のためだけじゃなく楽しいほうがいいよ、といつも口癖のように言っている。
と言いつつ、いまはちょっと校正ではない仕事をやっている。とある資格試験の問題のデータ入力の作業。出題頻度などのデータを取るための資料にするらしい。これは、たまに執筆の仕事をくれる出版社からの依頼だ。
難しい内容ではない。あまり考えず、ひたすらカタカタと文字を打つ。このような作業は「在宅ワーク」というより「内職」といったほうがしっくりくる気がする。
校正者になりたてのころ、まだ仕事があまりもらえず、在宅でできそうな仕事(内職)に片っ端から手を出していた。そのひとつが、ある大手通信教育会社の答案の採点の仕事。
担当は国公立大受験生向けの国語だった。生徒が記入した答案と、解答例が詳しく書かれたマニュアルが送られてくる。赤字はていねいに、筆記具は万年筆で。ボールペンはNG。丸が多い答案でも、赤字の量は確保しなければならない。広げたとき、答案に赤い文字がびっしり書き込まれている状態にするのだ。そのため、正解だった問題にもワンポイントアドバイスなどを赤字で入れる。手首が悲鳴を上げる。腱鞘炎になりそう。
これは、一度に50枚分くらいの依頼が来て1週間程度で返送していた。当時の単価は忘れもしない1枚200円。最初は1枚1時間近くかかっていた。慣れてきても1時間に2~3枚が限界。何とも厳しい世界だった。
テープ起こしというのも経験した。これは、テープ起こしの講座にお金を払い、技術を身につけると仕事がもらえるというものだった。課題となる音源が送られてきて、それを聞きながら文字に起こす。課題は国会の答弁や、芸能人のインタビューなどさまざまで、それぞれやり方がちがう。国会答弁は「えー」や「まあ、そのー」のような言葉まで一字一句すべて拾わなければならない。それに対して、芸能人のインタビューは、適度に言葉を直しながら、本人の雰囲気を壊さないようにするというバランスが難しい。いま思えば、言葉を聞きとるというだけでなく内容の校正のような知識も必要で、そんなに簡単に身につくものではなかったと思う。
通信教育の課題を数回提出したが、結果的には最終試験に落ちて仕事がもらえることはなかった。まあ、おわかりですよね。そうだったと気づいたのは終わったずっと後だった。
数年前には、ちょっと興味があったのでWebライターというのもやってみた。
ある会社に登録すると、執筆する記事のテーマと指定の文字数が送られてくる。仕事を受けると、その文字数に合わせて、ネット検索などを駆使して記事を書く。これは、600字程度の記事でだいたい200円くらい。1800字なら600円。テーマはじつにさまざまで、新車の乗車体験や、まぶたの二重術についての情報、介護施設の賢い選び方などもあった。一度書いたものに校正が入って返ってくるので、それに合わせて修正まで行う(そういえば、誤字脱字が少ないですねと言われた。それはそうだろう)。1800字の記事でも、作業時間は1時間を優に超える。これはさすがに割に合わないと思い、半年ほどで辞めた。
内職について、こんな記事を見たことがある。
ある投稿者の母は、セル画の採色の内職をしていたそうだ。彩色というのはかつてのアニメの製作手法で、セルロイド製の透明シート(セル)に動画担当者が絵を描き、それに専用の塗料で着色するという作業だ。このときの資料が見つかり、そのなかにアニメスタジオ宛の請求書があった。彼女が内職をしていたのは平成初期のころで、約40年前。当時のアニメの製作工程の一部が、内職の手によって支えられていたというのは驚きだった。
セル画1枚の料金はどれも70円だったという。1枚のセル画を塗るのには、いったいどのくらいの時間がかかるのだろう。1時間にできても2枚……さすがに3枚は難しいのではないか。絵心のない私には想像もつかない。でも、彼女はお金のためというより彩色を楽しんでいたようだと記事には書いてあった。みんなを楽しませるアニメに自分の手仕事が入っていると考えたら、確かにちょっとわくわくする。自分が校正を担当した本が書店の「話題のコーナー」などにあるとひそかに嬉しくなるのと似ているかも。
データ入力の作業は、ひとまず5回分くらい一気に入力してみた。報酬は問題1回分につき約500~1000円。作業時間から換算すると、時給1200円いくかどうか。2025年の最低賃金は全国平均で1121円だったっけ。そんなことを思いながらひたすら手を動かす。
学校から帰ってきた下の子が、後ろで私の作業する様子をしばらく見ていた。
「打つの早いね」
「そう?」
「……それってさあ、楽しいの?」
「いや、楽しくはない」
「なんだよ。仕事は楽しいほうがいいっていつも言ってるじゃん」
いや、それはそうなんだけどね。今回のような依頼も、次につながると思って受けている。校正だって、この本つまんないからやりません、なんて言えないし。お金をもらって仕事をする以上、本当に楽しいことだけでやっていくなんて、なかなか難しいのですよ。
うまく言えないけど、全部ひっくるめて、楽しいんだよね。伝わるかな、これで。




