第7話 数字
施設の廊下は、いつも通り無機質だった。
白い壁。
均一な照明。
足音が、やけに大きく響く。
俺は医療区画を出て、指定された通路を歩いていた。
身体は動く。痛みもない。
それが、余計に気持ち悪かった。
死んだはずなのに。
誰かを救えなかったはずなのに。
◆
通路の突き当たりに、新しい表示が設置されていた。
大きなモニター。
業務進捗を示すためのものだろう。
無意識に視線を向けて――足が止まった。
『特務事故処理係 稼働状況』
その下に、いくつかの項目が並んでいる。
処理案件数。
成功率。
平均対応時間。
そして。
『対象番号:A-17
死亡回数:13』
「……」
一瞬、自分のことだと理解できなかった。
A-17。
それが、俺の番号だ。
名前はない。
顔もない。
あるのは、数字だけ。
十三回。
胸の奥で、何かがひっかかった。
そんなに死んだか?
まだ、それだけか?
どちらの感情が正しいのか、分からなかった。
◆
「見てしまいましたか」
背後から、黒瀬の声がした。
振り返ると、彼女は端末を抱えたまま立っている。
「……はい」
それだけ答えた。
彼女は、俺の視線の先――モニターを一瞥し、すぐに目を逸らした。
「業務効率化の一環です」
「効率」
思わず、繰り返す。
「俺が、何回死んだかを?」
「はい」
否定はなかった。
「回数が分からなければ、管理できません」
管理。
その言葉で、すとんと腑に落ちた。
俺は、人じゃない。
管理対象だ。
◆
その日の午後、簡単なブリーフィングがあった。
「朝倉」
鷹宮課長が、俺を呼ぶ。
「今回の件だが、よくやった」
よくやった。
誰かが死んだのに。
「選択を迫られる場面で、最も合理的な判断をした」
合理的。
「感情で動かれなかった点を評価する」
俺は、何も言えなかった。
言えば、崩れてしまいそうだったから。
「今後も同様に対応してもらう」
それで、終わりだった。
会議室を出る時、ふとモニターが目に入る。
『死亡回数:13』
数字は、何も語らない。
俺が誰を救い、誰を救えなかったのかも。
◆
夜。
施設内の自販機前で、俺は立ち尽くしていた。
何を飲みたいのかも、分からない。
ただ、そこにいた。
黒瀬が、少し遅れて現れた。
「……今日は」
彼女は言いかけて、止まる。
「何ですか」
「いえ……」
結局、言葉を飲み込んだ。
代わりに、彼女は静かに言った。
「数字を、気にしないでください」
思わず、笑いそうになった。
「無理ですよ」
俺は、正直に言った。
「名前じゃなくて、番号で呼ばれて。
死んだ回数が、掲示されてて」
言葉が、自然と溢れる。
「……俺、ちゃんと人間やれてますか」
黒瀬は、すぐに答えられなかった。
それが、答えだった。
◆
その夜、俺は眠れなかった。
目を閉じると、数字が浮かぶ。
十三。
十四。
十五。
増えていく未来が、簡単に想像できてしまう。
俺は、いつまで数えられるんだろう。
いつか。
この数字が、意味を持たなくなる日が来るのだろうか。
もし、そうなったら。
俺はもう、人間じゃない。
ベッドの上で、俺は小さく息を吐いた。
「……せめて」
誰にも聞こえない声で、呟く。
「せめて、覚えていたい」
自分が、何回死んだかじゃなく。
何のために死んだかを。
モニターの光は、消えない。
俺の代わりに、今日も数字だけが増えていく。




