第6話 届かなかった
その任務は、事前情報がほとんどなかった。
「住宅街で異能反応を検知しました」
黒瀬の声が、イヤーピース越しに聞こえる。
「反応は一つ。ただし、出力が不安定です」
住宅街。
その単語だけで、胸の奥がざわついた。
「周囲に民間人は?」
『多数います』
即答だった。
嫌な予感が、はっきりと形を持つ。
◆
現場に着いた時、夜の住宅街は静まり返っていた。
古いアパート。
小さな公園。
自転車が倒れたままの路地。
どこにでもある風景だ。
だからこそ、異様だった。
「……静かすぎる」
俺は、無意識にそう呟いていた。
『反応源は、前方のアパート二階です』
黒瀬の指示に従い、俺は歩を進める。
その時。
建物の奥から、泣き声が聞こえた。
子どもの声だった。
瞬間、頭が真っ白になる。
「子どもがいます」
『……確認しました』
ほんの一拍。
その沈黙が、すべてを物語っていた。
『朝倉さん』
黒瀬の声が、わずかに強張る。
『最優先は、爆心の抑制です』
つまり。
俺が死ねばいい。
◆
階段を駆け上がる。
二階の廊下。
部屋の扉が半開きになっている。
中から、異様な熱が漏れていた。
異能者は、すでに限界だった。
制御を失いかけている。
このまま爆発すれば、建物ごと吹き飛ぶ。
――間に合う。
そう思った。
俺が中に入って、引き受ければ。
それで、全部終わる。
だが。
次の瞬間。
廊下の反対側で、別の反応が弾けた。
「……っ!」
もう一つ。
爆発反応。
同時多発。
『朝倉さん!』
黒瀬の声が、鋭くなる。
『反応が二つに分裂しています!』
二つ。
つまり――。
俺は、一人しか引き受けられない。
視界の奥で、子どもの泣き声が強くなる。
扉の向こうだ。
反対側の部屋には、住人がいるはずだ。
高齢者か、単身者か。
分からない。
選べ。
頭の中で、誰かが言った。
選べ。
どちらを救うか。
◆
俺は、子どものいる部屋へ走った。
理由は、単純だった。
考える時間は、なかった。
扉を蹴破り、爆心へ飛び込む。
熱。
衝撃。
身体が内側から裂ける感覚。
それでも、今回は、はっきり意識があった。
――間に合え。
次の瞬間、世界が白く弾ける。
◆
目を覚ました時、俺は医療区画にいた。
だが、いつもと違う。
空気が、重い。
「……結果は」
俺の声は、かすれていた。
黒瀬は、すぐに答えなかった。
それだけで、分かった。
「……子どもは?」
「助かりました」
一拍。
「もう一方は」
黒瀬は、視線を逸らした。
「……高齢の男性が、一名」
言葉が、そこで切れる。
死亡。
その二文字が、はっきりと浮かぶ。
「……俺が」
喉が、詰まった。
「俺が、選んだんですよね」
黒瀬は、否定しなかった。
「あなたは、最善を尽くしました」
模範解答だ。
だが。
「……それでも」
胸の奥が、ひどく痛んだ。
俺は、死んだ。
確かに死んだ。
それでも、救えなかった命がある。
◆
後日、簡単な報告があった。
被害者一名。
想定内。
そう、処理された。
俺の死亡回数は、更新された。
数字が一つ、増えただけだ。
だが。
ベッドに横になりながら、俺は天井を見つめていた。
助けた子どもの顔。
見ていない。
助けられなかった人の顔。
それも、知らない。
それなのに。
胸の奥に、重たいものが沈んでいる。
死ねば、救える。
そう思っていた。
でも、それは、嘘だった。
俺は、万能じゃない。
世界は、そんなに都合よくできていない。
その当たり前の事実が、今になって、ひどく重かった。
黒瀬が、静かに言った。
「……次は、どうしますか」
俺は、すぐには答えられなかった。
選ぶということ。
救えない命があるということ。
それを理解したまま、また死ねるのか。
しばらくして、俺は小さく息を吐いた。
「……次も、行きます」
声が、少しだけ震えた。
それでも。
俺は、立ち止まれなかった。
立ち止まった瞬間、誰かが死ぬ。
それだけは、分かってしまっていたから。
本話もお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも続きが気になる、と感じていただけましたら、
ブックマーク や 評価 をお願いします。
応援が励みになります!
これからもどうぞよろしくお願いします!




