第5話 慣れ
次に目を覚ました時、俺は自分がどこにいるのか、少しだけ考えた。
天井は白い。
照明は眩しすぎない。
機械音が、一定のリズムで鳴っている。
「……ああ」
医療区画だ。
そう理解するまでに、数秒かかった。
以前なら、飛び起きていたはずだ。
自分が生きていることを確認して、安堵して、混乱して。
今は違う。
俺は、ただ、息をした。
◆
「意識、はっきりしていますか」
白衣の医師が、事務的に聞いてくる。
「はい」
自分の声が、やけに落ち着いて聞こえた。
「痛みは?」
「……少し、胸が」
「想定内です」
想定内。
その言葉に、少しだけ引っかかりを覚える。
俺の死に方が、もう想定されている。
回数を重ねるごとに、予測可能になっていく。
それはつまり――。
「次の任務まで、六時間あります」
黒瀬が、端末を見ながら言った。
「……もう?」
思わず、そう返していた。
彼女は、こちらを見ない。
「回復が早いのは、あなたの特性です」
特性。
能力でも、異能でもなく、特性。
俺は、シーツの上で自分の手を握った。
指先に、わずかな震えが残っている。
「俺、さっき……」
言葉を探す。
「……どうやって、死にました?」
黒瀬の指が、一瞬だけ止まった。
「爆風による内臓破裂です」
淡々とした説明。
専門用語。
感情の入らない声。
「ああ……」
妙に納得してしまった。
確かに、そんな感じだった。
胸の奥から潰されるような圧迫感。
息ができなくなって。
そこまで思い出して、俺は気づく。
――怖くない。
いや。
正確には、思い出すことが、もう怖くない。
◆
次の任務は、倉庫街だった。
異能者が立てこもっているという。
爆発系。
また、同じだ。
俺は、遮蔽物の影から、建物を見上げていた。
「配置につきました」
イヤーピースに向かって報告する。
『了解。無理はしないでください』
黒瀬の声。
無理、とは何だろう。
死ぬことは、無理に含まれるのか。
そんなことを考えながら、俺は前に出た。
爆発は、予想より早かった。
閃光。
衝撃。
身体が宙を舞う。
だが、今回は、少しだけ余裕があった。
――ああ、まただ。
そんな感想が、先に浮かんだ。
次の瞬間、意識が途切れる。
◆
目を覚ましたのは、やはり同じ天井だった。
今回は、ため息が出た。
「……三回目、か」
いや。
違う。
今日だけで、二回目だ。
黒瀬が、すぐに気づいた。
「記憶、ありますか」
「はい」
即答する。
「今回は……爆風、でした」
「そうです」
彼女は、何かを書き込む。
死亡記録。
回数更新。
その様子を見ながら、俺は、ふと口にしていた。
「……俺、慣れてきてます」
黒瀬の手が止まった。
「何に、ですか」
「死ぬことに」
空気が、少しだけ重くなる。
「それは、良いことです」
彼女は、そう言った。
「恐怖で判断を誤るより、冷静な方が」
「ですよね」
分かっている。
理屈は、正しい。
でも。
胸の奥に、小さな違和感が残る。
慣れてはいけないものに、慣れている気がした。
◆
その日の終わり。
俺は、医療区画のベッドに座り、天井を見ていた。
今日、何回死んだ?
二回。
合計は?
分からない。
数えなくなっていた。
それが、少しだけ怖かった。
俺は、もう、自分の命を「一つ」として扱っていない。
使って、消費して、また戻ってくるもの。
その感覚が、当たり前になりつつある。
黒瀬が、ドアの前で立ち止まった。
「……朝倉さん」
「はい」
「あなたは、まだ人間です」
唐突な言葉だった。
「忘れないでください」
俺は、少し考えてから、答えた。
「……努力します」
それが精一杯だった。
彼女は、何も言わずに去っていく。
静かになった部屋で、俺は目を閉じた。
次に目を覚ました時。
俺は、また死ぬのだろう。
それが、もう分かってしまっている自分が――
少しだけ、嫌だった。




