第4話 報告書
朝倉恒一、死亡。
黒瀬玲奈は、その文字列を画面に打ち込んでから、ほんの一瞬だけ指を止めた。
日時、場所、死因。
すべて定型文だ。
異能犯罪対応中の爆発に巻き込まれ、死亡。
慣れているはずだった。
ここに配属されてから、何度も書いてきた。
だが――。
黒瀬は視線を上げた。
簡易ベッドの上で、朝倉恒一は生きている。
白いシーツを胸までかけられ、浅い呼吸を繰り返している。
数時間前に、確かに死んだ男が。
「……」
報告書の続きを入力する。
『なお、対象は二十四時間前の状態で再出現を確認』
再出現。
その言葉が、ひどく軽く感じられた。
黒瀬は端末を閉じ、深く息を吐いた。
◆
医療区画の空気は、いつも冷たい。
ここでは、人は「治す対象」ではない。
「動作確認の対象」だ。
医師がモニターを見ながら言った。
「今回も、身体的欠損は修復されています。ただし……」
「ただし?」
「神経反応が、わずかに遅れています」
黒瀬は、眉を寄せた。
「誤差の範囲では?」
「そうとも言えます。ただ、積み重なれば無視できなくなる可能性はあります」
医師は、それ以上踏み込まなかった。
踏み込む必要がないからだ。
使えるか、使えないか。
それだけが重要。
◆
目を覚ました朝倉は、最初、天井を見つめたまま動かなかった。
「……あれ」
遅れて、声が出る。
「ここ……」
「医療区画です」
黒瀬は、事務的に答えた。
彼はゆっくりと首を動かし、周囲を確認する。
その動作が、ほんの少しだけ、ぎこちなかった。
「……成功、したんですよね」
彼は、そう聞いた。
確認するような口調。
自分の死に、意味があったかどうかを。
「はい」
黒瀬は頷いた。
「死者は出ていません」
朝倉の肩から、力が抜けた。
「……よかった」
その一言が、黒瀬の胸を刺した。
よかった。
彼は、自分が死んだことを、そう評価した。
◆
その日の午後。
会議室では、簡単な事後報告が行われていた。
「今回の作戦は成功です」
鷹宮課長が、淡々と結論を述べる。
「民間人被害ゼロ。異能者一名確保」
スライドには、朝倉が爆心地に向かう映像が映っていた。
何度見ても、目を背けたくなる。
「朝倉の行動判断も適切でした」
評価。
それは、人に向けられる言葉のはずだ。
「自主的に死因転嫁を行った点は、高く評価できます」
黒瀬の指が、机の下で強く握られた。
「以上です」
会議は、それで終わった。
誰も、「彼は何回死んだのか」とは聞かない。
聞く必要がないからだ。
◆
夜。
黒瀬は、再び端末を開いていた。
死亡記録一覧。
朝倉恒一。
回数:三。
まだ、三回。
それでも、数字は確実に増えていく。
黒瀬は、ふと画面を閉じ、天井を仰いだ。
自分は、何をしているのだろう。
人を守るための組織で、
一人の人間を、何度も殺している。
その矛盾を、考えないようにしてきた。
考え始めたら、きっと壊れてしまうから。
◆
その時、端末が震えた。
新規任務通知。
黒瀬は、反射的に画面を開く。
次の作戦予定。
明朝。
対象者の名前欄に、すでに入力されている文字。
『朝倉 恒一』
黒瀬は、目を閉じた。
そして、ゆっくりと息を吸い、吐いた。
感情を殺す。
それが、この仕事で生き残る唯一の方法だ。
そう、自分に言い聞かせながら。
彼女は、また新しい報告書のテンプレートを開いた。
――次に死ぬ準備をするために。




