最終話 予定できない世界
世界は、すぐには変わらなかった。
◆
混乱は続いた。
予測モデルは凍結。
死因転嫁運用は一時停止。
リコレクターは契約履歴の公開を迫られ、解体に追い込まれる。
だが、異能災害は消えない。
人は、相変わらず死ぬ。
◆
違うのは、ただ一つ。
――事前に決められなくなった。
◆
公安本部。
久世蓮司は、静かな会議室で報告を聞いていた。
「予測モデルは、倫理審査下に移行」
「死因転嫁の強制運用は禁止」
「外部監査導入」
合理性は削がれた。
だが、崩壊はしていない。
◆
「彼は?」
久世が尋ねる。
「所在不明です」
短い答え。
◆
久世は、わずかに息を吐く。
「……そうか」
それ以上、追跡命令は出さなかった。
◆
別室。
黒瀬は、分析端末の前に座っていた。
肩書きは変わった。
現場復帰はない。
だが、解雇もされなかった。
◆
モニターには、最新の統計。
死者数は、以前よりばらついている。
安定は、低い。
だが。
「予定死者」の欄は、空白のままだ。
◆
黒瀬は、小さく微笑んだ。
「……不安定ですね」
だが、嫌ではなかった。
◆
地下の拠点。
ノクスは、端末を閉じる。
「これで、俺の役目も薄れた」
振り返ると、朝倉が立っている。
◆
「消えるのか」
「元から、表に出る組織じゃない」
ノクスは、肩をすくめる。
「理念は残った」
「それで十分だ」
◆
「俺は、どうすればいい」
朝倉の問いに、ノクスは即答しなかった。
しばらく考え、こう言う。
「現場に立つな」
◆
「……逃げろと?」
「違う」
ノクスは、まっすぐ見る。
「君が立つと、また中心になる」
「象徴は、再び管理される」
◆
朝倉は、静かに理解した。
自分はもう、“異物”ではない。
思想の象徴になりかけている。
◆
「消える」
朝倉は、短く言った。
◆
数ヶ月後。
異能災害は続いている。
だが、報道は変わった。
『今回の対応は適切だったのか』
『死因転嫁の倫理とは』
議論が、常にある。
誰か一人の死が、当然とされることはない。
◆
小さな町。
古い書店の前で、青年が立ち止まる。
帽子を深く被り、ニュースを見ている。
『死因転嫁制度、正式廃止』
◆
青年は、静かに画面を閉じる。
顔は映らない。
だが、その目は穏やかだった。
◆
世界は、不安定だ。
予測は、完全ではない。
災害は、起きる。
それでも。
誰か一人が当然のように死ぬ世界ではない。
◆
朝倉恒一は、生きている。
英雄ではない。
指導者でもない。
ただ。
死ぬ予定の人間では、なくなった。
◆
予定できない世界で。
人は、選び続ける。
それが、不完全なままの答えだった。
ここまで読んでくださった皆さま、本当にありがとうございました。
この物語は、「死ぬことで守る世界」という設定から始まりました。
書き始めた当初は、もっとシンプルな異能バトルになる予定でした。
ですが、書き進めるうちに問いが変わっていきました。
もしも
「誰か一人が死ぬことで成立する安定」があるとしたら、
それは正しいのか。
そして
それを拒否したら、世界は壊れるのか。
朝倉は、正義の味方でも最強の英雄でもありません。
彼はただ、「死なない」という選択をしただけの人間です。
その選択が世界を少しだけ不安定にして、
でも同時に、少しだけ人間的にする。
そんな物語を書いてみたいと思いました。
久世も、黒瀬も、ノクスも、
それぞれがそれぞれの正しさを持っています。
誰か一人が完全に間違っているわけではない。
だからこそ、衝突する。
読者の皆さまが
「自分ならどうするだろう」と一度でも考えてくれたなら、
この物語は成功です。
最後に。
予定された死は消えましたが、
予定できない世界は、決して楽ではありません。
それでも、選び続けることをやめない人間がいる限り、
世界はきっと、完全には壊れない。
ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございました。
またどこかの物語でお会いできれば嬉しいです。




