第35話 脱予定
カウントは、静かに進んでいる。
残り、36時間。
◆
朝倉恒一は、端末を前に座っていた。
攻撃プログラムでも、ウイルスでもない。
ただの送信画面。
◆
「やれば、戻れないぞ」
ノクスが言う。
「もう戻らない」
朝倉は、即答した。
◆
ファイルは三つ。
一つ目。
《死因転嫁能力の構造》
二つ目。
《公安予測モデルの原理》
三つ目。
《48時間以内の災害予測》
◆
最後に、短い文章を添える。
---
予定された死が存在する。
その安定は、誰か一人の死で成立している。
今回、死ぬのは俺だ。
だが、俺は死なない。
選ぶのは、世界だ。
---
◆
「……感傷的だな」
ノクスが小さく言う。
「分かりやすくないと、広がらない」
朝倉は、送信先を確認する。
報道各社。
国際機関。
匿名掲示板。
闇市場。
自治圏。
全方向。
◆
送信。
◆
最初の反応は、五分後だった。
ネットワークが、ざわつく。
『何だこれは』
『国家機密?』
『予測って本物か?』
◆
十分後。
報道が拾う。
『公安内部資料流出か』
◆
二十分後。
市場が揺れる。
リコレクターの内部回線が混線する。
◆
「……早いな」
ノクスが呟く。
「予測が公開されると、人は行動する」
朝倉は、画面を見つめる。
◆
避難が始まる。
予測地点から人が動く。
契約が解除される。
市場価格が暴落する。
◆
一方、公安。
「止めろ!」
怒号が飛ぶ。
「回線遮断!」
「フェイクだと発表しろ!」
◆
久世は、動かなかった。
モニターに表示された数字を見つめている。
死者予測。
4,326。
そこから、じわりと下がる。
4,112。
3,870。
3,201。
◆
「……民間避難率、急上昇」
「契約市場、崩壊中」
「予測値、再計算不能」
◆
数字が、狂っていく。
だが今回は、減る方向に。
◆
朝倉の端末にも、変化が表示される。
予測確率、低下。
98.7% → 74% → 51%。
◆
「まだ半分だ」
ノクスが言う。
「十分だ」
朝倉は、静かに答える。
◆
さらに情報が拡散する。
自治圏が声明を出す。
『死を予定する国家に抗議する』
海外メディアが報じる。
『国家による犠牲前提モデル』
◆
残り12時間。
予測値は、17%まで下がる。
◆
公安内部。
「このままでは、モデルが維持できない」
「予算凍結もあり得ます」
◆
久世は、目を閉じた。
静かに、理解する。
死を前提にした安定は、もう成立しない。
◆
残り2時間。
予測値、3%。
現場は混乱しているが、壊滅的ではない。
◆
朝倉は、空を見上げた。
48時間前。
彼が死ねば終わった。
だが今。
彼は、生きている。
◆
カウントが、ゼロになる。
予測は、成立しなかった。
大規模災害は、発生しない。
◆
沈黙。
世界は、崩れなかった。
だが、何かが確実に変わった。
◆
端末に、通信が入る。
『……終わったな』
久世の声。
◆
「はい」
「君は」
久世は、わずかに間を置く。
「国家を、不安定にした」
◆
「でも」
朝倉は、静かに言う。
「誰も、予定通りには死ななかった」
◆
通信が切れる。
◆
ノクスが、壁にもたれる。
「勝ったと思うか」
「思わない」
朝倉は、首を振る。
「安定は、失われた」
◆
遠くで、サイレンが鳴る。
混乱は続く。
だが。
予定された死は、消えた。
◆
朝倉恒一は、深く息を吐いた。
脱落ではない。
脱予定。
世界は、もう誰か一人を当然のように死なせることはできない。
その代わりに。
全員が、少しだけ責任を持つことになった。
◆
それが、彼の選択だった。
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