第33話 回収された人間
白い部屋だった。
◆
窓はない。
時計もない。
音もない。
ただ、柔らかな光が天井から降りている。
黒瀬は、その中央に座らされていた。
◆
「体調は」
扉の向こうから、低い声。
久世蓮司。
「問題ありません」
黒瀬は、淡々と答える。
「そうか」
それ以上の感情は、乗らない。
◆
「君は優秀だ」
久世は、椅子に腰を下ろす。
「判断も速い。分析も正確だ」
事実だけを並べる。
「だが」
視線が、静かに向けられる。
「感情が、介入した」
◆
「……はい」
否定はしない。
嘘をつく意味もない。
◆
「朝倉恒一は、危険だ」
久世は続ける。
「彼は、予測を壊す」
「それは、国家の安定を壊す」
声は冷静だが、確信がある。
◆
「安定のために」
黒瀬は、静かに問い返す。
「誰か一人が死ぬことは、正しいのですか」
◆
久世は、数秒沈黙した。
怒らない。
否定もしない。
「正しいかどうかは、関係ない」
「必要かどうかだ」
◆
その言葉は、いつも通りだった。
だが今日は、少し違って聞こえた。
◆
「彼を管理しなければ」
久世は、視線を落とす。
「もっと多くが死ぬ」
「市場が広がる」
「選択は歪む」
レオニスと、同じ言葉。
◆
「あなたは」
黒瀬は、静かに言う。
「彼を殺したいわけではない」
「当然だ」
即答だった。
「彼は必要だ」
◆
「では、なぜ」
黒瀬の声は、揺れない。
「選ぶ力を奪うのですか」
◆
久世は、初めてわずかに目を細めた。
「個人の選択は、不安定だ」
「国家は、不安定を許容できない」
◆
それは、完全な論理。
揺らぎのない答え。
◆
「私は」
黒瀬は、まっすぐ久世を見る。
「不安定でもいいと思っています」
部屋の空気が、わずかに変わる。
◆
「それは、理想だ」
「はい」
認める。
「でも」
拳を、ゆっくり握る。
「予定された死よりは、人間的です」
◆
沈黙。
長い。
久世は、目を閉じた。
◆
「君は」
低い声。
「もう、現場には戻れない」
「承知しています」
「監視下での分析要員に回す」
「はい」
◆
それは、左遷だ。
だが、切られはしない。
◆
「最後に一つ」
久世は、立ち上がる。
「彼は、戻ると思うか」
◆
黒瀬は、わずかに考えた。
そして。
「戻りません」
即答した。
◆
「なぜだ」
「彼は」
一拍。
「選ぶことを、やめないからです」
◆
久世は、何も言わなかった。
ただ、静かに部屋を出ていく。
◆
一人になった黒瀬は、深く息を吐いた。
後悔はない。
恐怖は、ある。
それでも。
彼女は、まだここにいる。
公安の中で。
だが、もう同じ側ではない。
◆
モニターに、最新予測が表示される。
『近未来:大規模異能災害
回避条件:朝倉恒一の死亡』
黒瀬の呼吸が、止まる。
◆
世界は、まだ彼を死なせようとしている。
だが。
彼は、死なない。
黒瀬は、静かに理解した。
次は――
世界が、選ばされる番だ。
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