第31話 分散する死
その現場は、地図にも残らない場所だった。
◆
郊外。
再開発から取り残された、古い集合住宅。
空き部屋が多く、住民の顔も把握されていない。
公安の管轄だが、対応優先度は低い。
――数字が安定しているからだ。
◆
朝倉恒一は、屋上からその一帯を見下ろしていた。
正式な出動命令はない。
指揮系統にも入っていない。
だが、現場は確かにここにある。
◆
異能反応は、断続的だった。
爆発型でも、崩壊型でもない。
むしろ――歪み。
周囲の空気が、わずかに揺れている。
「……未登録型か」
呟きながら、朝倉は視線を巡らせる。
◆
下の路地に、人影が見えた。
男。
三十代前半。
落ち着かない様子で、何度も周囲を確認している。
異能者だ。
◆
朝倉は、すぐには近づかなかった。
公安時代なら、即応。
死因転嫁を前提に、距離を詰める。
だが今は違う。
ここには、命令も予定もない。
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男の耳に、イヤーピースが光っているのが見えた。
「……?」
朝倉の眉が、わずかに動く。
民間人用じゃない。
だが、公安の装備とも違う。
◆
男が、低く呟く。
「……俺が、やるんだろ」
誰かと、通信している。
「契約通りだ」
「一回だけ、だろ」
朝倉の胸が、ざわついた。
◆
次の瞬間。
男の身体が、びくりと跳ねた。
異能が、発動する。
歪みが、男自身を中心に集束していく。
◆
「……違う」
朝倉は、息を呑んだ。
これは暴走じゃない。
誘導だ。
意図的に、死を引き寄せている。
◆
朝倉は、屋上から飛び降りた。
着地と同時に、男の前に立つ。
「やめろ」
短く、強い声。
◆
男が、目を見開く。
「……誰だ」
「通りすがりだ」
嘘ではない。
「それ以上やれば、死ぬ」
◆
「知ってる」
男は、笑った。
それが、何より異常だった。
「だから、ここにいる」
◆
歪みが、さらに強くなる。
周囲の建物が、きしむ。
このままでは、巻き込まれる。
◆
「……誰と契約した」
朝倉は、低く問う。
男は、一瞬だけ迷ってから答えた。
「《リコレクター》だ」
◆
その名を聞いた瞬間、朝倉の背中に冷たいものが走った。
噂では聞いていた。
だが、初めて現場で見る。
◆
「一回、死ぬだけで」
男は、淡々と言う。
「家族の借金が、全部消える」
「……それで、納得か」
「納得?」
男は、首を傾げた。
「選べたんだ」
その言葉が、胸に刺さる。
◆
「俺は」
男は、歪みの中心で言った。
「最初から、選ばされる側だった」
「今回は、違う」
◆
朝倉は、動けなかった。
止めれば、契約が破綻する。
止めなければ、男は死ぬ。
どちらも、正義ではない。
◆
歪みが、限界に近づく。
このままでは、周囲も巻き込まれる。
朝倉は、深く息を吸った。
◆
死因転嫁は、使わない。
だが、放置もしない。
朝倉は、男の肩に手を置いた。
「……死ぬな」
◆
異能が、揺らぐ。
完全には止まらない。
だが、集中が崩れる。
◆
「……っ」
男が、膝をつく。
歪みが、拡散し始める。
◆
朝倉は、男を支えながら、周囲を見た。
建物の影。
逃げ道。
人の気配。
被害は、最小限で済む。
◆
数分後。
歪みは、完全に消えていた。
死者は、いない。
◆
男は、地面に座り込み、荒い息を吐いている。
「……なんで、止めた」
朝倉は、答えなかった。
正解が、見つからなかったからだ。
◆
遠くで、別の異能反応が上がる。
同時多発。
朝倉は、立ち上がった。
◆
これは、一件では終わらない。
死は、もう一人に集まらない。
分散している。
契約として。
選択として。
◆
朝倉恒一は、理解した。
第3部は、始まったのだ。
誰か一人が死ねば済む世界は、終わり。
だが、その代わりに――
**誰もが、死に触れる世界が始まった。**
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