第30話 脱落
朝倉恒一は、もう逃げていなかった。
◆
走る足は、自然と止まった。
息が切れているのに、胸は不思議と落ち着いている。
追われている感覚は、まだある。
だが、それは恐怖じゃない。
――確定した。
そういう実感だった。
◆
地下の仮拠点に辿り着いた時、ノクスはすでに待っていた。
無言で、扉を閉める。
外の音が、遠のいた。
◆
「黒瀬は」
ノクスが、先に聞いた。
「……捕まった」
朝倉は、短く答える。
ノクスは、何も言わなかった。
慰めも、評価もない。
それが、余計に重かった。
◆
「君は、もう戻れない」
ノクスは、事実だけを告げる。
「公安は、君を“脱落者”として扱う」
「……分かってる」
分かっていた。
走り出した瞬間から。
◆
ノクスは、端末を操作する。
画面に、速報が表示された。
『公安警備局・内部通達
対象:朝倉恒一
処遇:行方不明(危険度A)』
行方不明。
それは、殺すより厄介な扱いだ。
◆
「生かすつもりだな」
朝倉が、呟く。
「そうだ」
ノクスは、頷く。
「君は、死ぬと都合が悪い」
「生きている方が、恐ろしい」
◆
別の情報が表示される。
『黒瀬 ○○
事情聴取中
監視下』
朝倉の喉が、詰まる。
「……俺のせいだ」
「違う」
ノクスは、即答した。
「彼女が選んだ」
「君が強いたわけじゃない」
それでも、胸は軽くならない。
◆
「君は、これからどうする」
ノクスが、問いかける。
命令ではない。
確認だ。
◆
朝倉は、しばらく黙った。
逃げ続けるか。
隠れ続けるか。
それとも。
「……現場に出る」
答えは、変わらなかった。
ノクスは、少しだけ目を細める。
◆
「君は、象徴になり始めている」
「象徴?」
「死なない選択をした存在」
「それを、繰り返した存在」
ノクスの声は、冷静だった。
「人は、君を利用する」
「崇めもするし、憎みもする」
◆
「それでも、やる」
朝倉は、言い切った。
「選ぶことを、やめない」
ノクスは、ゆっくりと頷いた。
◆
「なら、条件を一つ追加しろ」
「条件?」
「誰のためにも、象徴になるな」
その言葉が、胸に残る。
「君は、個人でいろ」
「それを、忘れるな」
◆
朝倉は、深く息を吸った。
ここから先は、味方も敵も曖昧になる。
正解も、ゴールもない。
ただ、選び続けるだけだ。
◆
端末が、短く振動する。
未知の回線。
『あなたの判断で、死ななかった人がいる』
知らない名前。
知らない現場。
だが、それは確かに――
朝倉の“余波”だった。
◆
朝倉は、端末を閉じた。
装置ではない。
完成品でもない。
英雄でも、救世主でもない。
ただ。
予定された死から、外れた存在。
それが、今の立場だ。
◆
ノクスは、背を向けた。
「第2部は、ここまでだ」
冗談のような口調。
「次からは、世界が相手になる」
◆
朝倉恒一は、闇の中で一人立っていた。
もう、国家の一部ではない。
だが、世界の外にもいない。
**脱落した存在。**
それが、彼の新しい居場所だった。
――第2部・了
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