第3話 選択
最初の任務は、その日のうちに下された。
書類の束を机に置きながら、黒瀬は淡々と言った。
「今夜、市内のショッピングモールで異能犯罪が発生する可能性があります」
「可能性、ですか」
「確度は高いです」
可能性。
それはつまり、まだ誰も死んでいないということだ。
モニターに映し出された建物の見取り図。
人の流れ。
予測される爆心地。
嫌な既視感が、胸の奥に広がった。
「……俺は、何をすればいいんですか」
黒瀬は一瞬だけ言葉を選ぶように間を置いた。
「現場に向かい、状況を確認してください」
「それだけ?」
「はい」
だが、その「だけ」の裏に、何が含まれているのか。
俺にはもう、分かっていた。
◆
夜のショッピングモールは、まだ賑わっていた。
家族連れ。
カップル。
仕事帰りの人間。
どこにでもある、平和な光景。
俺は人混みの中に立ち尽くしながら、周囲を見渡した。
異能者らしき姿は見えない。
だが、それはいつもそうだった。
爆発は、前触れなくやってくる。
イヤホン越しに、黒瀬の声が聞こえる。
『反応は?』
「……今のところ、何も」
『分かりました。そのまま待機してください』
待機。
それはつまり、起きるまで待て、という意味だ。
胸が、じわじわと締めつけられていく。
この場所で、何かが起きる。
そう分かっているのに、止める術はない。
俺にできるのは――。
突然、視界の端で光が弾けた。
次の瞬間、爆音。
床が揺れ、悲鳴が上がる。
「伏せて!」
誰かの叫び声。
だが遅い。
爆心地は、俺のすぐ近くだった。
衝撃で吹き飛ばされながら、俺は理解する。
このままでは、多くの人が死ぬ。
――俺が、何もしなければ。
時間は、ほんの一瞬しかなかった。
逃げる?
意味はない。
叫ぶ?
間に合わない。
選択肢は、一つしかなかった。
俺は、爆心地へと足を踏み出した。
◆
熱が、肌を焼いた。
爆風が、内臓を叩く。
視界が白く染まり、音が遠のいていく。
それでも、今回ははっきりと意識があった。
怖かった。
死ぬのは、やっぱり怖い。
昨日も、一昨日も、確かに死んだ。
でも、それはどこか現実感の薄い出来事だった。
今は違う。
自分で選んだ。
自分で、ここに来た。
膝が砕ける感触。
肺が潰れる圧迫感。
息が、できない。
それでも、不思議と後悔はなかった。
この中にいる誰かが、生き延びるのなら。
それでいい。
そう思った瞬間、意識が闇に沈んだ。
◆
目を覚ました時、全身がひどく重かった。
天井。
白い光。
だが、いつもの部屋ではない。
「……ここは」
喉が焼けるように痛い。
「医療区画です」
横から、黒瀬の声がした。
顔を向けると、彼女は壁際に立っていた。
いつもと同じ、冷静な表情。
「……成功、したんですか」
「はい」
短い肯定。
「死者は、出ていません」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が少しだけ軽くなった。
「そう、ですか……」
安心と同時に、奇妙な感覚が込み上げる。
俺は、また死んだ。
それも、自分の意思で。
黒瀬は、しばらく黙っていたが、やがて口を開いた。
「今回の件で、確認できました」
「何を、ですか」
「あなたは、命令されなくても、死を引き受ける」
その言葉は、評価だった。
ぞっとするほど、冷たい評価。
「……それ、褒められてます?」
「はい」
即答だった。
「この仕事に、非常に向いています」
胸の奥で、何かが音を立てて崩れた。
向いている。
それはつまり、逃げられないということだ。
「朝倉さん」
黒瀬は、少しだけ視線を逸らしながら言った。
「あなたは、今日、自分で選びました」
俺は、天井を見つめたまま、静かに答えた。
「……はい」
確かに、そうだ。
誰にも強制されなかった。
命令もされなかった。
俺は、自分で死んだ。
それが、何よりも恐ろしかった。
この先、俺は何度でも同じ選択をするだろう。
そうなる未来が、はっきりと見えてしまったから。
黒瀬は、最後に一言だけ告げた。
「これで、あなたは正式に――」
言葉が、一瞬だけ詰まる。
「特務事故処理係の一員です」
その瞬間。
俺ははっきりと理解した。
もう、後戻りはできない。
俺は、“死ぬ役目”を引き受けてしまったのだから。
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