第28話 回収命令
決定は、議論の末に下されたわけではなかった。
◆
公安警備局・中枢会議室。
誰も声を荒げていない。
机を叩く者もいない。
それでも、空気は重かった。
理由は一つ。
全員が、同じ結論に辿り着いているからだ。
◆
「朝倉恒一の介入案件」
久世蓮司が、淡々と資料をめくる。
「想定誤差が、もはや統計処理の範囲を超えている」
スクリーンには、いくつものグラフ。
すべてが、歪んでいた。
「偶然ではない」
「再現性がある」
「そして、制御できない」
◆
「彼は、命令に逆らっているわけではない」
分析官が、慎重に言う。
「だが、結果として――」
「我々の判断権を侵食している」
久世が、言葉を引き取った。
「“誰が死ぬか”を決めているのは、国家だ」
その一言で、全員が頷いた。
◆
「個人に、その権限を委ねる理由はない」
「ましてや」
久世は、一瞬だけ視線を落とす。
「逃亡歴のある人間に」
◆
沈黙。
だが、それは躊躇ではない。
形式的な、間だった。
◆
「結論を出す」
久世が、静かに告げる。
「朝倉恒一を、回収する」
◆
その言葉は、処刑宣告ではない。
保護。
隔離。
再教育。
書類上は、そうなる。
だが、誰もが理解していた。
それは――
**“選ぶ力”の剥奪**だ。
◆
「方法は?」
「強制は避ける」
久世は、即答した。
「彼は、まだ協力的だ」
「自分から来る形を取る」
「誘導、ということですか」
「そうだ」
表情は、変わらない。
「彼は、合理性を理解している」
◆
「担当は」
一瞬の沈黙。
久世は、資料の一枚を指で押さえた。
「黒瀬を使う」
会議室が、わずかにざわつく。
「彼女なら、彼は来る」
◆
その判断に、異論は出なかった。
出せなかった。
◆
「通達は、今夜」
久世は、最後に言った。
「明日には、終わらせる」
◆
◆
同じ頃。
朝倉は、次の任務の待機命令を受けたまま、動けずにいた。
妙に静かだ。
連絡が、少なすぎる。
嵐の前の――
◆
端末が、振動した。
公式回線。
『朝倉さん』
黒瀬の名前。
「……どうしました」
声に、わずかな違和感があった。
『上から、通達が出ました』
少しだけ、間。
『明日、医療区画で再評価を受けてください』
再評価。
その単語だけで、理解できた。
◆
「……回収、ですね」
朝倉は、静かに言った。
『……はい』
黒瀬の声が、わずかに震える。
◆
「拒否したら?」
『拘束されます』
即答だった。
選択肢は、ない。
◆
「分かりました」
朝倉は、そう答えた。
「行きます」
その言葉に、黒瀬は何も言えなかった。
◆
通信が切れた後、朝倉は端末を置いた。
やはり、来た。
数字が狂えば、必ず回収される。
それは、当然の流れだ。
◆
非公式回線が、短く光る。
『来るな』
ノクス。
『それは、終わりだ』
朝倉は、返信しなかった。
まだ、答えを出していない。
◆
窓の外、街の灯りが滲んでいる。
この世界は、予定通りに回っている。
その予定を、少し狂わせただけで。
これだけの圧が、降りかかる。
◆
朝倉恒一は、椅子に深く腰を下ろした。
明日。
彼は、再び“選ばされる”。
だが。
その選択が、誰のものになるのかは――
まだ、決まっていなかった。
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