第27話 数字の狂い
最初に違和感を覚えたのは、朝倉自身だった。
◆
現場は、小規模なものだった。
地方都市。
古い工場跡。
異能反応は中程度。
被害予測も、明確だ。
『想定死者数:二名』
『最適対応:死因転嫁一名』
公安の予測モデルは、いつも通り完璧だった。
◆
朝倉は、現場に立ちながら周囲を見渡した。
逃げ道。
建物の構造。
人の配置。
そして、もう一つ。
――予測には含まれていない“余白”。
◆
異能者は、暴走寸前だった。
だが、完全には壊れていない。
恐怖。
混乱。
そして、躊躇。
朝倉は、距離を詰めなかった。
◆
『朝倉君』
久世の声が、通信に入る。
『突入しろ』
『予測は出ている』
「……はい」
返事はした。
だが、動かない。
◆
朝倉は、声をかけた。
「……まだ、止まれる」
異能者が、こちらを見る。
「誰かが死ななくても、終わらせられる」
それは、予測モデルには存在しない選択肢だった。
◆
数秒。
異能者の出力が、わずかに下がる。
『出力変動、想定外』
オペレーターの声が、混じる。
『……再計算します』
◆
朝倉は、一歩も踏み出さない。
死因転嫁は、使わない。
だが、放置もしない。
“死なせない前提”で、場を動かす。
◆
十分後。
異能は、完全に収束していた。
死者は、ゼロ。
負傷者も、軽傷のみ。
◆
現場は、成功だった。
だが。
◆
帰還後、会議室の空気は異様だった。
「……数が合わない」
分析官が、画面を睨みつけている。
「モデルでは、最低一名は死亡するはずだった」
「偶然だろう」
誰かが言う。
「偶然で済ませるには、誤差が大きすぎる」
◆
別のデータが表示される。
『朝倉恒一 介入案件
想定死者数:平均1.6
実際死者数:0.4』
平均が、崩れている。
◆
「……彼は、何をしている?」
久世の声。
静かだが、重い。
「死因転嫁を使っていない」
「だが、被害は減っている」
「理屈が合わない」
◆
久世は、腕を組んだ。
「いや……」
一瞬だけ、口元が歪む。
「理屈は、ある」
全員が、久世を見る。
◆
「彼は、前提を変えている」
「“誰かが死ぬ”という前提を、だ」
会議室が、ざわつく。
「そんなもの、成立するはずが――」
「成立している」
久世は、断言した。
◆
「問題は、そこだ」
久世は、画面を見つめる。
「我々のモデルは」
「“死が必ず発生する”前提で最適化されている」
「彼は、その前提を壊している」
◆
沈黙。
それが意味することを、全員が理解し始めていた。
予測不能。
再現不可。
管理不能。
◆
「……危険だな」
誰かが、呟いた。
久世は、頷く。
「非常に」
だが、その目は冷静だった。
「だからこそ、放置できない」
◆
その夜。
朝倉の端末に、二つのメッセージが届いた。
一つは、公安。
『次回任務、詳細未定』
『待機命令』
もう一つは、非公式回線。
『やったな』
ノクス。
『数字が、狂い始めた』
◆
朝倉は、端末を伏せた。
自分がしたことは、英雄的な救済ではない。
ただ。
予定を、ずらしただけだ。
それでも。
その“わずかなズレ”が、
この世界では致命的だということを――
朝倉は、はっきり理解していた。
数字が狂えば。
秩序が狂う。
そして必ず。
誰かが、それを止めに来る。
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