第26話 二重
朝倉恒一は、まだ指名手配されていなかった。
◆
それが、何よりも不気味だった。
逃亡。
監視遮断。
施設からの脱走。
どれも、本来なら即時拘束案件だ。
それなのに。
街は、何も変わらず動いている。
ニュースにも、名前は出ない。
公安は、沈黙していた。
◆
『泳がせている』
ノクスの言葉が、頭に残る。
『君を、だ』
理由も、目的も。
分かっているようで、分からない。
◆
朝倉は、仮の拠点で端末を操作していた。
非公式回線。
公安の、古い連絡用プロトコル。
――まだ、生きている。
完全に切られていない証拠だ。
◆
画面が、一瞬だけ切り替わる。
『朝倉君』
久世蓮司の名前。
直接だ。
◆
朝倉は、しばらく動かなかった。
出れば、何かが決定的に変わる。
出なければ、それもまた選択だ。
数秒後、通信を開いた。
「……久世次長」
『生きていたか』
感想のような声。
「はい」
『そうか』
それ以上、感情は乗らない。
◆
『逃げた理由は、聞かない』
久世は、淡々と言う。
『君が何を考えているかも、興味はない』
それは、嘘じゃない。
本当に、興味がないのだ。
『ただ一つ、確認したい』
◆
『君は、まだ現場に出るか』
その問いに、朝倉は一瞬だけ迷った。
だが、答えは決まっている。
「……出ます」
『なぜだ』
「現場にしか、答えがないからです」
少し、間を置いて。
『……変わらないな』
久世の声には、微かな評価が混じっていた。
◆
『なら、条件がある』
画面に、簡易データが表示される。
『非公式協力要請』
協力。
命令じゃない。
『君は、我々の任務情報にアクセスできる』
『ただし、指揮権はない』
「使うだけ、ですか」
『そうだ』
久世は、即答した。
『君は、装置ではなくなった』
『だから、制御できない』
『だが』
少しだけ、声が低くなる。
『完全に敵に回られるのは、困る』
◆
朝倉は、理解した。
久世は、朝倉を信じていない。
だが、切る判断もしていない。
危険だが、有用。
管理不能だが、必要。
それが、今の立ち位置だ。
◆
「……分かりました」
朝倉は、答えた。
「俺は、俺の基準で動きます」
『それでいい』
久世は、否定しなかった。
『結果だけ、見せろ』
◆
通信が切れる。
室内に、静寂が戻る。
朝倉は、端末を見つめたまま動かなかった。
◆
『危うい橋を渡るな』
背後から、ノクスの声。
いつの間にか、通信が繋がっている。
「承知の上だ」
『国家と繋がれば、引き戻される』
「切れば、壊せない」
即答だった。
ノクスは、しばらく黙る。
◆
『……それが、君の条件か』
「そうだ」
朝倉は、言った。
「現場から、目を逸らさない」
◆
ノクスは、ため息に近い息を吐いた。
『好きにしろ』
『だが、覚えておけ』
『二重でいられる時間は、短い』
◆
その夜、朝倉は現場に向かった。
公式でも、非公式でもない立場で。
誰の命令でもなく。
誰の正義でもなく。
自分の条件だけを持って。
◆
それは、裏切りではない。
合流でもない。
ただの、中間。
だが。
その中間こそが、
この世界で最も危険な場所だと――
朝倉は、まだ完全には理解していなかった。
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