第23話 回収前夜
その通達は、静かすぎるほど静かに届いた。
◆
夜半。
居室の照明を落としたまま、朝倉は天井を見つめていた。
眠れないのは、もう日常だ。
監視されているという感覚が、皮膚の裏に張りついて離れない。
端末が、短く振動した。
『明日 09:00
朝倉恒一は、医療区画へ移動せよ』
理由は、書かれていない。
だが、意味は分かる。
◆
医療区画。
検査。
隔離。
保護。
そして――回収。
相川澪の顔が、脳裏をよぎる。
“壊れた”と判断された後の、流れ。
◆
朝倉は、ゆっくりと息を吐いた。
「……来たか」
独り言が、やけに大きく響く。
◆
その直後、端末の画面が一瞬だけ暗転した。
公式回線が、遮断される。
代わりに、非公式回線が立ち上がった。
『今なら、間に合う』
ノクス。
『明日の移動は、保護じゃない』
『完全な管理下に置くための“回収”だ』
◆
「……知ってる」
朝倉は、小さく呟いた。
ノクスの言葉は、説明じゃない。
確認だ。
『選択の時だ』
『ここに残れば、君は二度と選べなくなる』
◆
朝倉は、端末を伏せた。
逃げるなら、今。
だが、まだ動けない。
理由は、一つだった。
◆
扉をノックする音。
短く、二回。
「……朝倉さん」
黒瀬の声。
◆
ドアを開けると、黒瀬は制服のまま立っていた。
その表情は、いつもより硬い。
「……来ました」
「ええ」
二人は、しばらく黙ったまま向き合う。
「明日の件」
黒瀬が、先に口を開いた。
「……回収命令です」
やはり。
◆
「あなたは、もう“完成品”として扱われています」
黒瀬の声は、震えていない。
覚悟を決めた声だ。
「自由意思を持った状態は、危険だと判断されました」
「だから、管理下に」
「はい」
◆
沈黙。
それを破ったのは、黒瀬だった。
「……逃げてください」
はっきりとした言葉。
命令でも、提案でもない。
願いだった。
◆
「私が、道を作ります」
彼女は、そう続けた。
「監視ログを、十五分だけ切ります」
十五分。
短い。
だが、十分だ。
◆
「あなたが、選ぶ番です」
黒瀬は、真っ直ぐに朝倉を見た。
もう、迷いはない。
◆
朝倉は、ゆっくりと目を閉じた。
ここに残れば。
死ぬ自由も、生きる自由も失う。
逃げれば。
誰かが死ぬかもしれない。
だが。
ここに残っても。
同じ世界が続くだけだ。
◆
「……分かりました」
目を開け、朝倉は言った。
「行きます」
黒瀬は、一瞬だけ目を伏せた。
そして、静かに頷く。
◆
端末が振動する。
非公式回線。
『決まったな』
ノクス。
朝倉は、初めて返信した。
『ああ』
◆
その夜、施設のどこかで、ログが一瞬だけ途切れた。
誰も気づかない。
気づくはずがない。
それは、ただのノイズとして処理される。
◆
だが、その十五分は。
朝倉恒一が
“装置”であることをやめるための
最初の、そして唯一の隙だった。
夜明けは、まだ遠い。
だが。
もう、戻る道はなかった。
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