第22話 監視下
それは、音もなく始まった。
◆
朝、目を覚ますと、端末に通知が三件入っていた。
『位置情報共有:常時オン』
『生体データ取得:常時オン』
『通信ログ保存:義務化』
解除不可。
説明はない。
理由も書かれていない。
ただ、設定が変わっただけだ。
◆
洗面台の前で顔を洗い、鏡を見る。
いつもと変わらない顔。
少し疲れているだけの、自分の顔。
だが。
視線を逸らそうとしても、できない感覚があった。
見られている。
常に。
◆
廊下を歩くと、視線を感じる。
職員たちが、微妙に距離を取っている。
話しかけてこない。
避けているわけじゃない。
関わらないようにしている。
――監査対象。
それが、俺の新しい肩書きだ。
◆
訓練区画。
軽い身体調整だけの予定だった。
だが、開始から五分も経たないうちに、音声が割り込む。
『朝倉君』
久世の声。
『心拍数が上がっている』
『負荷を下げろ』
俺は、思わず周囲を見回した。
監視カメラ。
天井。
壁。
どこから見ているのか、分からない。
「……了解」
そう答えるしかなかった。
◆
数分後。
今度は、別の声。
『判断遅延、〇・三秒』
記録されている。
走る速度。
呼吸。
思考の間。
全部、数字に変換されていく。
◆
昼。
食堂で、黒瀬と向かい合って座る。
だが、会話は途切れがちだった。
「……何か、話さない方がいい気がしますね」
黒瀬が、小さく言う。
「聞かれてますから?」
「……はい」
二人とも、視線を落とした。
沈黙すら、ログに残る。
◆
午後の任務。
軽度の異能事案。
死因転嫁は不要。
それでも、久世の声は入る。
『朝倉君』
『君は、今どんな判断をしている』
突然の問い。
答えに、詰まる。
「……周囲の安全確認を」
『主観的だ』
『言語化しろ』
言葉にした瞬間、思考が歪む。
考えること自体が、監視されている。
◆
帰還後。
端末に、評価が表示された。
『本日の総合評価:B』
『死因転嫁未実施』
それだけで、減点。
死ななかったことが、評価を下げる。
◆
夜。
居室に戻っても、気が休まらない。
端末を伏せても、意味はない。
身体そのものが、センサーだ。
俺は、ベッドに横になった。
目を閉じても、眠れない。
◆
端末が、微かに振動する。
非公式回線。
一瞬だけ、表示が切り替わる。
『不自由だろう』
ノクス。
『それが、彼らの答えだ』
俺は、返事をしなかった。
返せない。
◆
天井を見つめながら、俺は思った。
死ぬ自由は、奪われていない。
だが、生き方の自由は、もうない。
考えるたびに、評価される。
迷うたびに、記録される。
このままでは。
俺は、また“装置”に戻る。
ただ少し、精巧になっただけの。
◆
黒瀬から、短いメッセージが届いた。
『今夜、動きます』
『覚悟してください』
心臓が、強く鳴った。
何が起きるのか。
どうなるのか。
分からない。
だが、一つだけ確かだった。
この監視は、守るためじゃない。
逃げられないようにするためのものだ。
そして。
その檻は、確実に狭くなっている。
本話もお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも続きが気になる、と感じていただけましたら、
ブックマーク や 評価 をお願いします。
応援が励みになります!
これからもどうぞよろしくお願いします!




