第20話 選ばなかった死
その任務は、失敗できないものだった。
◆
『異能反応を確認。出力は高』
黒瀬の声が、いつもより硬い。
『対象は一名。暴走傾向あり』
場所は、住宅密集地。
夜間だが、人は多い。
逃げ遅れた住民が、複数いる。
――いつもの状況。
いつもの、はずだった。
◆
現場に近づくにつれ、異能の圧が強まる。
胸が、嫌な音を立てる。
呼吸が、浅くなる。
それでも、まだ動ける。
俺は、周囲を見た。
逃げ道。
建物の構造。
人の配置。
無意識のうちに、“死なずに済む可能性”を探している。
◆
『朝倉さん』
黒瀬の声が、低くなる。
『今回の出力では、即時突入が必要です』
命令。
俺は、爆心を見た。
異能者は、すでに限界だ。
次の爆発で、周囲は確実に巻き込まれる。
今、俺が飛び込めば。
被害は抑えられる。
俺は、死ぬ。
◆
視界の端で、人影が動いた。
若い男性。
逃げ遅れて、転んでいる。
距離は、遠い。
間に合わない。
だが、もう一つ。
路地の奥。
複数の住民が、建物に逃げ込んでいる。
あそこは、遮蔽物が多い。
――俺が、ここで死ななければ。
彼らは、助かる可能性がある。
だが。
あの男性は、助からない。
◆
選択肢が、はっきりと見えた。
俺が死ねば。
全員が助かる。
俺が死ななければ。
誰かが死ぬ。
今までは。
考えるまでもなかった。
◆
『朝倉さん!』
黒瀬の声が、少し震える。
『突入してください!』
俺は、一歩踏み出し――止まった。
◆
時間が、伸びる。
爆発反応が、限界値に達する。
俺は、動かなかった。
――死なない。
初めて、そう決めた。
◆
爆発。
衝撃。
地面が揺れ、窓ガラスが砕け散る。
俺は、遮蔽物の陰で、衝撃をやり過ごした。
◆
静寂。
そして、悲鳴。
◆
現場は、混乱していた。
瓦礫。
粉塵。
負傷者。
そして。
倒れている、あの男性。
動かない。
◆
「……」
俺は、その場に立ち尽くしていた。
助けに行かなかった。
死を引き受けなかった。
選んだ。
◆
『……朝倉さん』
黒瀬の声が、震えている。
『被害状況を、確認中です』
「……一名、死亡」
自分の声が、やけに冷静だった。
それが、何より怖い。
◆
帰還後。
会議室の空気は、張り詰めていた。
「説明しろ」
久世の声。
「なぜ、突入しなかった」
俺は、俯いたまま答えた。
「……全員は、救えないと判断しました」
「だから、一人を見捨てた?」
言葉が、鋭い。
「……はい」
認めた。
◆
「理解しているな」
久世は、淡々と言う。
「君が死ねば、防げた被害だ」
「はい」
「それでも、死ななかった」
「……はい」
沈黙。
その後、久世は静かに告げた。
「それは、命令違反だ」
◆
黒瀬が、何か言おうとして――止まった。
言えば、彼女も巻き込まれる。
◆
「処分は、追って通達する」
久世の声には、感情がなかった。
「君は、自分で線を越えた」
◆
居室に戻った後、俺はベッドに座り込んだ。
胸が、苦しい。
だが、身体じゃない。
心だ。
助けられた人間。
助けられなかった人間。
その顔が、頭から離れない。
◆
端末が、振動する。
非公式回線。
『選んだな』
ノクス。
『それが、自由だ』
俺は、返信しなかった。
自由なんて言葉、今は受け取れない。
◆
俺は、人を見捨てた。
意図的に。
正義でも、効率でもない理由で。
それでも。
あの瞬間、俺は“装置”じゃなかった。
その事実だけが、胸の奥に残っていた。
これが、正しいのか。
間違っているのか。
まだ、分からない。
だが。
もう、元には戻れない。
朝倉恒一は、この日初めて――
**死なないことを、選んだ。**
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