第18話 代替不能
その会議に、朝倉恒一は呼ばれていなかった。
◆
公安警備局本部、地下会議室。
壁一面のスクリーンに、複数のデータが並んでいる。
稼働率、成功率、死亡回数、回復時間。
すべてが、一人の人物に紐づいていた。
『対象番号:A-17』
「――これが現状だ」
低く、落ち着いた声が場を制した。
久世蓮司。
公安警備局次長。
彼は、スクリーンを見たまま続ける。
「代替要員の試算は、すでに行った」
画面が切り替わる。
別の候補者たち。
だが、どれも赤字が多い。
「死因転嫁の成功率が低すぎる」
「回復が間に合わない」
「精神摩耗が早い」
淡々と、却下理由が読み上げられていく。
「結論は一つだ」
久世は、ようやく振り返った。
「朝倉恒一は、現時点で唯一の完成品だ」
◆
「完成品、ですか」
誰かが、確認するように言う。
「そうだ」
久世は、ためらわない。
「個体差、再現性、継続性。すべてを満たしている」
「だが、身体的な劣化が――」
「許容範囲だ」
即答だった。
「壊れる前に、最大限使う」
誰も反論しなかった。
それが、この場の総意だった。
◆
「つまり」
久世は、言葉を整理する。
「彼が“死ねる限り”」
「我々は、事故処理能力を維持できる」
その表現に、誰も違和感を覚えない。
「代替の研究は継続する」
「だが、実運用は彼を中心に回す」
それが、決定だった。
◆
会議が終わり、人がはけていく。
久世は、最後にスクリーンを一瞥した。
『死亡回数:15』
「……よく持っている」
それは、賞賛に近い響きだった。
◆
同じ頃。
朝倉は、訓練区画で一人、壁に手をついていた。
呼吸が整わない。
視界が、少し揺れる。
それでも、止まらない。
止まれない。
◆
『朝倉さん』
黒瀬の声が、イヤーピースに入る。
『今、上から連絡がありました』
少し、言いづらそうな間。
『……あなたの稼働優先度が、引き上げられました』
「……そうですか」
予想していた。
それでも、胸が重くなる。
『次の任務から、出動間隔が短くなります』
使う。
もっと。
◆
「代わりは、いないんですね」
朝倉は、静かに言った。
黒瀬は、答えなかった。
否定できないからだ。
◆
通信が切れ、朝倉は天井を見上げた。
完成品。
それは、褒め言葉の形をした終着点だ。
改善の余地がない。
更新もされない。
壊れたら、終わり。
◆
その夜、端末が振動した。
非公式回線。
『国家は、君を完成品と呼んだ』
ノクスだ。
『それは、祝福じゃない』
『終わりの宣告だ』
朝倉は、返事をしなかった。
否定できなかったからだ。
◆
完成している。
だから、変わる必要がない。
変わらない限り。
使われ続ける。
朝倉は、ゆっくりと拳を握った。
完成品である限り、逃げ道はない。
だからこそ。
壊れる前に、変わらなければならない。
その考えが、はっきりと形を持ったのは、この夜だった。
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