第17話 条件
その通信は、予告もなく入った。
非公式回線。
暗号化レベルは高いが、見覚えがある。
俺は、端末を手に取ったまま、しばらく動かなかった。
――出れば、もう戻れない気がした。
◆
それでも、画面をタップする。
音声はなく、文字だけが表示される。
『一つ、確認したい』
短い文章。
回りくどさがない。
『君は、最近“待つ”ようになった』
図星だった。
『死を引き受ける前に、周囲を見る』
『逃げ切れるかを考える』
俺は、何も返さない。
返せる言葉が、ない。
◆
『それは、裏切りではない』
次の一文が、少し遅れて表示される。
『選別だ』
その言葉が、胸の奥に沈んだ。
選別。
公安がやっていることと、同じ言葉。
『だが、決定的に違う点がある』
文字が、ゆっくりと続く。
『国家は、死ぬ人間を選ぶ』
『君は、死なない人間を選び始めている』
◆
端末を握る手に、力が入った。
俺は、確かにそうしていた。
無意識に。
『提案がある』
ノクスの文章は、淡々としている。
『君の“条件”を、共有しろ』
条件。
『誰のためなら死ぬのか』
『どこまでは引き受けるのか』
『どこから先は、拒むのか』
息が、詰まった。
それは、俺がまだ言葉にしていないものだ。
◆
「……ふざけるな」
誰もいない部屋で、声が漏れた。
条件を決める。
それはつまり、見捨てる人間を決めることだ。
『すでに、決めている』
即答だった。
『君は、もう全てを引き受けていない』
『それを、自覚していないだけだ』
◆
画面が、一瞬切り替わる。
過去の映像。
俺の任務ログ。
公共施設。
商店街。
住宅地。
そこに、赤いマーカーが引かれている。
『子どもがいる案件:即応』
『軍事関連施設:平均0.8秒の遅延』
数字まで、正確だった。
俺の“癖”が、可視化されている。
◆
『安心しろ』
文字が続く。
『条件を共有したからといって、君を縛らない』
『命令はしない』
『選ぶのは、常に君だ』
その言葉が、ひどく危険に聞こえた。
自由を与える言い方は、責任も同時に押しつける。
◆
「……俺は」
俺は、端末に向かって呟いた。
「誰かを切り捨てるために、生き残ったわけじゃない」
返事は、少し遅れてきた。
『分かっている』
『だから、君はここにいる』
納得されている。
それが、逆に怖かった。
◆
『今は、答えなくていい』
ノクスの最後の言葉。
『だが、いずれ必ず選ぶ日が来る』
『その時、国家と君は、違う答えを出す』
通信が、静かに切れる。
◆
俺は、ベッドに腰を下ろした。
条件。
誰のために死ぬのか。
誰の死は、引き受けないのか。
今まで、考えないことで成立していた問いだ。
考え始めた瞬間、世界は残酷になる。
それでも。
もう、戻れない。
選ばされているのは、最初からだ。
ただ今までは、それを自分で決めていなかっただけ。
俺は、目を閉じた。
逃げ道は、まだ遠い。
だが、選択肢は、もう目の前にあった。
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