第15話 このままではいけない
その夜、眠れなかった。
目を閉じると、数字が浮かぶ。
時刻。
死因。
想定通り。
俺の死は、もう偶然じゃない。
予定だ。
◆
医療区画を出た後、黒瀬に呼び止められた。
「……少し、時間いいですか」
珍しく、彼女の声は小さかった。
俺たちは、誰も使っていない会議室に入った。
照明は落とされ、窓の外は暗い。
黒瀬は、端末を机の上に置いた。
「見せたいものがあります」
◆
画面に表示されたのは、古い記録だった。
『特務事故処理係 運用ログ(初期)』
スクロールする。
番号。
任務。
死亡回数。
どれも、俺と同じ形式だ。
「……前任者、ですか」
「はい」
黒瀬は、短く答えた。
さらにスクロールすると、最後の行が現れる。
『対象番号:A-03
稼働不能につき、廃棄』
それだけだった。
理由も。
経緯も。
感情も。
「……これが」
喉が、少し詰まる。
「俺の、行き着く先ですか」
黒瀬は、否定しなかった。
◆
「あなたは、優秀です」
彼女は、静かに言った。
「だから、ここまで来た」
「……だから、捨てられる」
自分でも驚くほど、冷静な声だった。
黒瀬は、拳を握りしめる。
「私は……」
言葉が、続かない。
代わりに、彼女は端末を閉じた。
「もう、見過ごせません」
◆
その時、俺の端末が振動した。
非公式回線。
発信元不明。
画面に、文字だけが表示される。
『君は、もう答えに辿り着いた』
あの声が、頭の中で再生された。
「……ノクス」
黒瀬が、息を呑む。
『このまま使われれば、終わりは同じだ』
『だが、選択肢はある』
文字が、ゆっくりと更新される。
『逃げる方法を、知りたいか』
◆
俺は、すぐには答えなかった。
逃げる。
ここから離れる。
それは、今まで一度も考えなかった選択だ。
俺がいなくなれば、誰かが死ぬ。
そう信じてきた。
でも。
俺がい続ければ。
この仕組みは、続く。
誰か一人に、死を押しつけ続ける世界。
◆
黒瀬が、俺を見ていた。
止めない。
促さない。
ただ、選ばせている。
俺は、端末を閉じた。
返信は、しない。
今は、まだ。
◆
「……逃げません」
俺は、そう言った。
黒瀬が、少しだけ目を見開く。
「でも」
言葉を続ける。
「このままでも、いません」
自分の声が、はっきりと聞こえた。
それが、何よりも驚きだった。
「俺は」
一度、息を吸う。
「選びます」
いつ死ぬかじゃない。
誰のために死ぬかでもない。
死ぬか、死なないかを。
◆
黒瀬は、しばらく黙っていた。
やがて、小さく頷く。
「……分かりました」
その一言に、覚悟が滲んでいた。
彼女も、もう引き返せない。
◆
会議室を出る前、俺は振り返った。
ここで過ごした日々。
死んだ回数。
数字。
全部、消えない。
忘れない。
だからこそ。
このままでは、いけない。
それだけは、確かだった。
廊下の先で、警報が鳴り始める。
次の任務だ。
俺は、歩き出す。
まだ、逃げない。
まだ、壊れない。
だが、もう。
ただ死ぬためには、戻らない。
――第1部・了
ここまでご覧いただきありがとうございます。
明日からは1日1話の投稿予定です。
ブックマークをして、続きを楽しみにお待ちいただけると嬉しいです。




