第13話 知られている
その任務は、あまりにも普通だった。
小規模な異能反応。
場所は、人気のない雑居ビル。
民間人の立ち入りは、すでに規制済み。
『反応は一つ。出力は低めです』
黒瀬の声が、イヤーピースから聞こえる。
『危険度は低い。念のための確認を』
確認。
それだけの仕事。
少なくとも、表向きは。
◆
ビルの中は静かだった。
薄暗い廊下。
点滅する非常灯。
足音が、やけに大きく響く。
異能者の姿は見当たらない。
だが、反応は確かにここにある。
「……妙だな」
独り言が、自然と漏れた。
『何かありましたか』
「いや。ただ――」
言いかけて、言葉を飲み込む。
その時。
床に転がっていた小型端末が、唐突に起動した。
◆
ノイズ。
砂嵐のような音。
次の瞬間、低い声が流れ出す。
『……聞こえるか』
知らない声だった。
だが、不思議と耳に残る。
「誰だ」
反射的に問いかける。
『名前は、まだいらない』
声は、落ち着いていた。
敵意も、焦りもない。
『それより――君』
呼ばれた瞬間、胸がざわついた。
『十一回目で、迷っただろう』
息が、止まった。
◆
「……何の話だ」
声が、少しだけ低くなる。
『公共施設。中央ホール』
淡々とした口調。
『爆発まで五秒。判断遅延、〇・五秒』
完全に一致していた。
内部資料。
限られた人間しか知らないはずの情報。
「……誰から聞いた」
『誰から、ではない』
声が、わずかに笑う。
『君の“記録”は、よく整理されている』
背中に、冷たいものが走った。
俺は、記録として見られている。
それも、こちらの組織の外から。
◆
『安心しろ』
声は続ける。
『今は、君を害する気はない』
「……信用できると?」
『できなくていい』
即答だった。
『ただ、一つだけ訂正させてほしい』
間が、落ちる。
『君は、自分が使い捨てられていると思っている』
胸が、きしむ。
「違うとでも言うのか」
『違わない』
否定しない。
それが、逆に不気味だった。
『だが』
声が、少しだけ低くなる。
『君は、まだ“守られている側”だ』
◆
「……どういう意味だ」
『簡単な話だ』
淡々とした説明。
『君は、まだ“替えがきく”段階にいない』
替え。
その言葉に、思考が追いつかない。
『完全に壊れるまでは、組織は君を守る』
『だが――』
声が、わずかに間を置く。
『壊れた後は、違う』
その先を、あえて言わなかった。
◆
『君は、考え始めている』
声は、静かに言った。
『それが、何を意味するか分かるか』
俺は、答えられなかった。
『分からなくていい』
優しいとも、冷たいとも取れる声。
『そのうち、分かる』
端末の画面が、ふっと暗くなる。
◆
「……通信、切れました」
黒瀬の声が、少し遅れて聞こえた。
『朝倉さん、大丈夫ですか』
「……ああ」
喉が、ひどく乾いている。
「敵の通信、だと思う」
『内容は』
どう伝えればいいのか、分からなかった。
「……俺のことを、よく知ってた」
それだけ答える。
◆
帰還後、簡単な事情聴取があった。
「撹乱だな」
上層部は、即断した。
「内部情報を使って、不安を煽っているだけだ」
そう、処理された。
俺の違和感も、恐怖も。
すべて。
◆
居室に戻り、俺はベッドに腰を下ろした。
“守られている側”。
その言葉が、頭から離れない。
俺は、守られているのか?
それとも。
壊れるまで、壊さないだけなのか。
どちらにしても。
初めてだった。
この場所の外に。
俺を“番号ではなく個人”として認識している存在がいると知ったのは。
それが、救いなのか。
新しい地獄なのか。
まだ、分からない。
ただ一つ。
俺は、もう以前のようには戻れない。
知られてしまったからだ。
――自分が、何者として使われているのかを。




