第12話 書けなかった報告書
報告書は、いつも同じ形式だった。
日時。
場所。
任務内容。
死因。
死亡回数。
黒瀬玲奈は、そのフォーマットを何十回も見てきた。
考えなくても指が動くくらいには、身体に染みついている。
――今日までは。
◆
端末の画面に、朝倉恒一の名前が表示されている。
いや。
正確には、名前ではなかった。
『対象番号:A-17』
黒瀬は、一度だけ目を閉じた。
呼吸を整え、画面に向き直る。
任務概要。
対応結果。
問題なし。
そこまでは、いつも通りだ。
カーソルが、最後の項目で止まった。
『死亡回数』
入力欄が、空白のまま、点滅している。
◆
十一回目。
数字は、分かっている。
端末を開けば、すぐに確認できる。
それなのに。
黒瀬の指は、動かなかった。
ほんの一瞬。
頭の中に、朝倉の顔が浮かんだ。
爆発の前。
躊躇した、あの表情。
人として当然の迷い。
それを、異常と判断する組織。
指先が、かすかに震える。
◆
「……」
黒瀬は、深く息を吸った。
仕事だ。
分かっている。
自分が書かなくても、誰かが書く。
この報告書が止まったところで、何も変わらない。
それでも。
入力欄に、数字を打ち込むことができなかった。
◆
背後で、足音がした。
「どうしました」
同僚の職員だった。
年齢は同じくらい。表情は、事務的。
「……少し、時間を」
「もう締切です」
端末を覗き込み、画面を見る。
「ああ」
彼は、状況を一瞬で理解した。
「代わりますよ」
黒瀬が何か言う前に、彼は自分の端末を接続する。
数秒。
『死亡回数:11』
数字が、あっさりと入力された。
「完了です」
それだけ言って、職員は去っていった。
何事もなかったように。
◆
黒瀬は、その場に立ち尽くしていた。
胸の奥が、じわじわと重くなる。
自分が書けなかったこと。
それ自体に、意味はない。
問題なのは。
――自分がいなくても、何一つ困らないという事実。
◆
その日の夕方。
鷹宮課長に呼び出された。
「黒瀬」
「はい」
「最近、様子がおかしいな」
静かな声。
責めるでも、慰めるでもない。
「感情を挟むなとは言わない」
一拍。
「だが、仕事を止めるな」
黒瀬は、俯いた。
「……すみません」
「感情的になるなら」
鷹宮は、淡々と続ける。
「この部署には向いていない」
外れろ。
そう言われたのと同じだった。
◆
廊下を歩きながら、黒瀬は拳を握りしめた。
守るために、ここに来た。
そう思っていた。
だが実際には。
彼を、殺す側に立っている。
◆
夜。
黒瀬は、自室で端末を開いた。
本来なら、アクセスできないはずの階層。
そこに、カーソルを合わせる。
一瞬、ためらう。
だが、もう戻れなかった。
認証コードを入力する。
――アクセス許可。
◆
表示されたのは、過去の記録だった。
特務事故処理係。
初期運用ログ。
スクロールする。
名前。
番号。
死亡回数。
似たような記録が、いくつも並んでいる。
その最下部で、黒瀬の視線が止まった。
『対象番号:A-03
稼働不能につき、廃棄』
簡潔な一文。
処理完了。
◆
端末を閉じ、黒瀬は静かに息を吐いた。
朝倉の未来が、はっきりと見えた。
使えなくなったら。
壊れたら。
同じ結末が待っている。
「……間に合わない」
誰に向けた言葉でもない。
それでも、黒瀬は立ち上がった。
もう一度だけ。
自分にできることがあるとしたら。
それは――。
“書けなかった側”に、立ち続けることだ。
その決意が、どこへ向かうのか。
黒瀬自身にも、まだ分からなかった。
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