第1話 バスは爆発する
人は、いつか死ぬ。
だが、
死ぬ日と死に方が、あらかじめ決められている人間は、
どれくらいいるだろう。
俺は、公安の異能者だ。
そして俺の任務は、
異能災害が起きた現場で――死ぬことだった。
偶然でも、英雄的な自己犠牲でもない。
ただ、そうするのが一番効率がいいから。
それが、世界を守る正しい方法だと、
俺は信じていた。
だがある日、
自分の死が「想定通り」と処理されていることを知ってしまう。
その時、俺は初めて考えた。
もし、死ななかったら――どうなる?
これは、
死ぬ予定だった異能者が、
それを拒否してしまった話だ。
その朝、俺はいつも通りの時間に、いつも通りのバスに乗った。
灰色の空。湿ったアスファルト。眠そうな乗客たち。
特別なことは何もない。少なくとも、その時点では。
俺は一番後ろの席に座り、窓の外をぼんやり眺めていた。イヤホンはつけていたが、音楽は流していない。流す気になれなかった、という方が正しい。最近、理由もなく胸の奥がざわつくことが増えていた。
バスが交差点で止まる。
前方の信号は赤。
その瞬間だった。
――キン、と金属が擦れるような、場違いな音が聞こえた。
気のせいかと思った。だが、次の瞬間、床の下から熱が這い上がってくるのを感じた。
まずい。
そう思った時には、もう遅かった。
世界が、白く弾けた。
轟音。
衝撃。
視界が裏返る。
体が宙に浮いた感覚が一瞬だけあって、次の瞬間、俺は自分の身体が砕け散るのを“感じた”。
痛みはなかった。
正確には、痛みを認識する前に、すべてが終わった。
熱。
圧力。
内側から破裂する感覚。
自分の腕がどこかへ飛んでいくのが見えた気がした。視界の端で、誰かの顔が歪んでいた。叫び声が聞こえた気もする。でも、それが他人のものだったのか、自分のものだったのかは分からない。
次の瞬間、俺という存在は、完全に断ち切られた。
――死。
そう認識するより早く、意識は闇に沈んだ。
◆
息が詰まる。
肺に一気に空気が流れ込んできて、俺は大きくむせた。
「……っ、は……っ」
反射的に身体を起こし、喉を押さえる。心臓が早鐘のように鳴っていた。冷や汗が背中を伝い、シャツが肌に張りつく。
視界が、見慣れた天井を映している。
俺の部屋だ。
机。カーテン。壁に立てかけた鞄。
全部、爆発が起きる“前”のまま。
枕元のスマートフォンが振動した。
画面を見る。
時刻――午前七時十二分。
昨日と、同じだ。
「……は?」
喉から、間の抜けた声が漏れた。
混乱した頭で、俺は自分の身体を確かめる。腕も脚も、ちゃんとある。焦げた匂いもしない。血もない。痛みもない。
夢だ。
そう思おうとした。
だが、爆発の瞬間の感覚が、あまりにも生々しすぎた。
熱。
圧。
自分が壊れる感触。
夢にしては、リアルすぎる。
俺は震える手で顔を覆った。
心臓の鼓動が、なかなか落ち着かない。
その日は、バスに乗らなかった。
◆
ニュースは、昼前に速報を打った。
『市内を走行中の路線バスが爆発炎上。乗客全員が死亡――』
スマートフォンの画面を見た瞬間、胃の奥がひっくり返るような感覚に襲われた。
映っているのは、黒く焼け焦げた車体。
昨日、俺が座っていたはずの、あのバスだ。
犠牲者数、二十七名。
俺の名前は、そこにはなかった。
当然だ。
俺は、そこにいなかったのだから。
手が、震え始めた。
「……俺が、乗らなかったから」
小さく呟いた声は、誰にも聞かれなかった。
胸の奥に、嫌な予感が広がっていく。
理解してしまった。したくなかったのに。
もし、俺が昨日と同じように、あのバスに乗っていたら。
もし、あの爆発の中にいたら。
――結果は、違ったのではないか。
考えを振り払うように、俺は首を横に振った。
馬鹿げている。
偶然だ。
俺一人がいようがいまいが、爆発は起きた。犠牲者が出た。それだけの話だ。
そう、思おうとした。
だが、その夜。
俺は、もう一度、あの交差点へ向かっていた。
◆
夜の現場は、規制線で囲まれていた。
パトカーの赤色灯が、静かに回っている。
俺は少し離れた場所から、それを見つめていた。
胸が、妙に静かだった。
分かっている。
馬鹿な行動だ。
それでも、確かめずにはいられなかった。
――俺が、あそこにいたら。
突然、背後で誰かが叫んだ。
「下がってください!」
同時に、視界の端で、何かが光った。
次の瞬間。
世界が、再び爆ぜた。
今度は、逃げる暇もなかった。
熱が、音が、衝撃が、俺を包み込む。
身体が千切れる感覚。
視界が歪む。
だが、今回は、はっきりと分かった。
――俺が、引き受けた。
俺が死んだから、他の誰かは、死ななかった。
意識が途切れる直前、遠くで人の悲鳴が聞こえなかった。
それが、何よりもはっきりした違いだった。
◆
また、息が詰まる。
また、俺は目を覚ました。
同じ部屋。
同じ天井。
同じ時刻。
午前七時十二分。
俺は、ゆっくりと天井を見つめたまま、呟いた。
「……死んだ、よな。俺」
答える者はいない。
だが、理解は、もう逃げられないところまで来ていた。
俺は、知ってしまった。
――俺が死ねば、誰かが生きる。
そして、この力は、きっと。
俺が望もうが、望むまいが、逃がしてはくれない。
その時、玄関のチャイムが鳴った。
短く、事務的な音。
俺は、嫌な予感を抱えたまま、立ち上がった。
ドアの向こうで、誰かが名乗る。
「公安です。少し、お話を」
――こうして、俺の“普通”は終わった。
ここまでご覧いただきありがとうございます。
当面の間は、1日に3話を投稿予定です。
ブックマークをして、続きを楽しみにお待ちいただけると嬉しいです。




