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第34話 オレはせんせい

 教室には、慌ただしい空気が流れていた。

 1週間後に迫った中間試験のせいだ。

 普段はあまり勉強している様子がない運動部の生徒たちですら、休み時間でも机にかじりついている。

 オレは普段から予習復習を欠かさないから、試験を前にして慌てることはないんだけど、それ以外の理由で忙しくなっちゃう時期ではある。

 運動部のみんなから勉強を見てと頼まれるから。

 オレは、雉田くんと鈴木くんとで机を寄せ合って、彼らに勉強を教えていた。


「なぁなぁ、葉山~。ここどう解くの?」


 雉田くんが、半泣きになりながら問題集をこちらに寄せてくる。


「あのね、そこは――」

「……えっ、どういうこと?」

「昨日習ったばかりのところだよ……」

「悪い、葉山。俺もここをどの数式に当てはめればいいのかわからない」

「それはね――」

「……ああ、そうか。なるほど」


 鈴木くんは、日頃ちゃんと勉強しているようで理解してくれた。

 鈴木くんみたいにきっちり勉強をしている人は珍しくて、運動部のみんなは勉強より部活がしたいみたい。

 でも、この一週間はテスト勉強期間中で、ほとんどの部活動は休みだそうだ。

 だから勉強をする他ないというわけ。

 赤点を取ったら、夏休みの合宿に参加できないという話もあるらしいし。

 まあ、そんな中でも、試験勉強へのモチベーションが一切上がらない人もいて……。


「だめだー、わかんなーい、教科書見たくなーい」


 椅子にダランと座りながら、天を仰いでいる岩渕さんだ。

 口の端からよだれが垂れるんじゃないかってくらいダラけた顔をしている。

 こんな顔、オレ見たことないよ……。

 岩渕さんは、女子の運動部員で固まって勉強しているんだけど、ちょっと問題集と向き合ったと思ったら、すぐに天を仰いでしまうので、ちっとも進んでないみたい。

 こういうとき、オレが教えてあげられたら、と思うんだけど、声を掛ける勇気がない。それに、教える機会に恵まれたとしても緊張でまともに教えられないに決まっている。


「ねえねえ、葉山くん」

「な、なに?」


 困った顔の女子運動部員の二人がオレのところに来る。

 さっきまで岩渕さんと一緒に勉強をしていた二人だ。


「悪いんだけどさ、彩珠あやみの勉強見てやってくんないかな?」

「い、岩渕さんの?」

「うん。ほら、彩珠あんな感じでしょ? うちらじゃもう無理だって。見た感じ、葉山くんは教え方上手そうだし。雉田ですら真面目に勉強させちゃうんだから」

「はぁぁぁ? 俺はいつでも真面目なんだけど!? 真面目に頭悪いだけだかんな!」


 妙なポイントで怒る雉田くん。

 渡りに船な展開に、オレの心は踊るんだけど……。

 オレに、できるかなぁ?


「え? 葉山くんが教えてくれるの?」


 ふらりとやってくる岩渕さん。なんてことだ、いつもは快活そのものな姿なのに、ほんの数分の勉強で随分やつれてしまったように見える。体幹に優れているはずなのに、吹けば飛びそうなくらいふらっふらだ。


「えっと……オレでいいなら」

「もーっちろんいいよぉ!」


 一気に生気を取り戻した岩渕さんが、オレの手を握ってぶんぶん振り回してくる。

 輝く笑みの岩渕さんを目にするだけで、怖気づいて断らなくて良かったと思えてしまう。


「じゃあ、放課後うちの部室に来てくれる? 私は試験が近いといつも部室で勉強するから」

「じゃあ、他の部員の人もいるんだ?」

「何人かね。誰かに見ていてもらった方が怠けないで済むって理由で集まってるんだ。でもみんな勉強得意じゃなくてねー、教えてってあんまり頼れないの」

「わかった、いいよ」


 正直、マンツーマンで勉強を見るより緊張しなくて済む。


「ありがと。でも私の勉強見るだけでいいからね。他の子は私よりちょっと頭良くて、赤点は回避できちゃうレベルだから。葉山くんの負担にならないようにね」


 気を遣ってくれているらしい岩渕さん。


「あっ、でも今日ご家族の都合あったりしない? 大丈夫?」

「今日は大丈夫」


 今日は特売セールはないし、あとは海未のお迎えがあるくらいなんだけど、試験期間中は美月が気を利かせて代わりに行ってくれるから、早く帰らないとマズいということはない。


「よかったー、じゃあ放課後……お願いします」


 しっかり頭を下げてくるので、ついオレまでお辞儀をしてしまう。


「てことで、悪いねぇ、雉田に鈴木。葉山くん借りっから」


 これ私のな、とばかりにオレの肩に腕を回してくる岩渕さん。

 突然距離が近くなるのはやめてほしい。ドキドキで心臓が破裂しそうになるから……。


「くそー。俺専属の先生なのによー」

「……まあ、仕方ないだろ。ここで渋って岩渕が留年しても寝覚めが悪い」


 鈴木くんが言った。


「流石に留年まではしないってば」

「おいおい強気だなー。でも懐かしいぜ、この雰囲気! 一年の頃は、西の雉田に東の岩渕って呼ばれるくらい熾烈な争いしてたもんな!」


 雉田くんが言った。


「そうそう! どっちが限界までサボりつつ赤点回避できるかギリギリのチキンレースしてたもんね!」

「今回はぜってぇ負けないかんな!」

「ふふふ、いきがっていられるのも今のうち! 私の究極のサボりを、またお見舞いしてびっくりさせちゃうから!」

「この一年で培った余裕、ナメるなよ! 試験本番が近かろうが平常心でいてやるぜ!」


 なんとも低レベルなライバル関係に燃える雉田くんと岩渕さん。

 でも、お互いにシンパシーを覚えている二人に羨ましさを感じてしまったのも事実。

 やっぱり二人とも体育系の人だからなぁ。オレにこんな熱血は無理だよ。争っている内容はどうあれ。


「せめて一年の頃を反省して、平均点まで点数を上げようとは思わないのか?」


 鈴木くんはすっかり呆れていた。


「ていうか岩渕は、葉山の世話になるんだからサボることを考えたらダメだろ」

「ごめんごめん、つい勢いで。ごめんね、ウソだから。ちゃんと頑張るよ?」

「いや、うん、期待してるから」


 真面目に練習を頑張る岩渕さんだし、同じ情熱を勉強に向ければどうにかなるはず。


「そういうことだから。ごめんね~、赤点マン?」

「お前こそ赤点ガールにしてやっからな!」


 またも低レベルな争いを始める岩渕さんと雉田くんを前にして、やっぱり羨ましくなるオレの方がずっと低レベルなのかもしれない。


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