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OL女性と男子高校生がご飯を食べに行く話

大きくなったきみと

作者: 玉菜

 駅のホームで名前を呼ばれてそちらを見ると高校生の男の子が立っていた。はて、誰だろう。今年大学を卒業して晴れて新社会人になった私に高校生の知り合いなんていない、しかも着ている制服は私でもわかるくらい有名な進学校のもので余計に接点があるとは思えなかった。

 わかりやすく頭を捻る私を見かねてだろう彼が口にした名前は私の小、中学時代の友人だった。あの頃はよく遊ぶくらい仲が良かったのに高校が分かれてからはぱったりと連絡を取らなくなり疎遠になって久しい。そうしてようやく彼の正体がわかった。


「弟くん!」

「はい、お久し振りです」


 そう言って笑った顔はどことなく面影があった。

 当時友人だった彼女には歳の離れた弟がいて、共働きの両親に代わって面倒を見ていたこともあり、遊ぶ際、一緒にいることも多かった。私は気にしていなかったけど、彼女は幼い弟が混ざることに申し訳なく思っていたのだろうよくごめんねと謝っていた。


「全然わからなかった、大きくなったね」


 久し振りに会った親戚のおばさんみたいなことを言っているなと思ったけど、実際そう感じたのだから仕方ない。


「でもよくわかったね」

「自分でも驚きました、なんていうんですかね、想像した通り大人になってたので」


 はにかみながら言って、私の反応が薄かったからか慌てたように、変な意味じゃないですよと弁明するので思わず笑ってしまった。


「ごめんごめん、そんなふうに思ってないよ、ただすごいこと言うようになったなって思ってただけ」

「すごいことって……別に大したこと言ってないと思うんですけど」

「いやあ、今の高校生は普通にそういうことを言えてしまうならすごい世の中だ」


 そんなやり取りをしていたらホームに乗る予定の電車が止まった。退勤時間の電車はそこそこ混んでいるから座れないのはいつものことだ。混み合う扉付近を避けて座席の間の通路に入る。さり気なく扉側に立った彼はやはりできた子だと思った。

 最寄り駅まで電車に揺られている間にポツポツと話をした。彼はまだ実家で暮らしているが、友人だった彼女は大学進学を機に家を出たらしい、今は大学生の頃から付き合っている彼氏と同棲しているとか。好奇心で彼女はと聞く。


「俺ですか?」

「他に誰が?」

「いませんよ」

「えー、でもモテるでしょう」

「どうですかね、自分ではわかりません」

「恋愛には興味ない?」

「そうですね、でも憧れてる人はいます」


 追求しようと思ったところで最寄り駅到着のアナウンスが流れて話はそこまでとなった。このまま続いていたら私のターンになっていただろうしそう考えるといいタイミングだったのかもしれない。

 駅から家まで私は自転車だ、彼もだろうかと振り返って訊ねようとしたところ手首を掴まれた。突然のことに目を瞬く。彼も無意識の行動だったのか驚いた表情をしていた。あの、これは、と言い訳しようとしているが言葉にならないのかあわあわするばかりでやがて押し黙ってしまった。ただ、その間も手首はずっと掴まれたままだった。痛くはない、むしろ私が思いっきり手を引けば振りほどけそうなくらいの力加減で、だからといって振りほどく気にはならなかった。


「どうしたの?」


 小さな男の子に話しかけるような優しい声が出た。背なんか私よりずっと大きいし、電車の揺れでよろけた私を支えられるくらいしっかりしているのに、今の彼からはあの頃の男の子を感じてしまって懐かしさまで覚える。

 夜でも駅前は街灯で明るく、彼の頬がうっすら赤くなるのがわかった。


「迷惑じゃなかったら、まだ話したくて、ご飯とか」

「いいよ」


 迷わず頷いた。家には夕飯が用意されているだろうけどそれは明日にでも食べればいい。親だって既に成人した娘が突然外食の連絡をしてこようがなんとも思わないだろう。


「でもそっちは? ご飯用意されてるんじゃないの?」

「大丈夫です、両親は相変わらず忙しいので」


 それもそうか、彼が幼い頃から姉に世話を任せているくらいだからもしかすると家で温かい食事が待っているなんてこと自体があまりないのかもしれない。苦笑気味に答えた彼には無神経な質問だったのではないかと聞いたことを後悔した。

 親に連絡を入れるからと手首を離してもらって『知り合いに会ったので夕食は外で済ませます』とメッセージを送った。知り合いという字面がよそよそしくて、友達にすればよかっただろうかと思いもしたけど、姉の友達と友達の弟という関係から出たことはなかったしそう考えるとやはり知り合いというのが正しいのだろう。

 行きたいお店はあるか聞くとどこでもいいと答えた。私も特別これが食べたいというものはなく困ってしまう。とりあえず制服姿の高校生を同伴するのだから居酒屋は除外するとして、話をしたいならラーメン屋みたいなゆっくりできない場所も適していないだろう、私は彼の好みもわからないし、そう考えた結果ファミレスに落ち着くのは妥当なのだろうと席に通されてひとり納得する。


「お金のことは気にしなくていいから好きなの頼んでいいよ」

「えっ、無理を言ったのはこっちだからむしろ俺が出します」

「いいからいいから、お姉さんはこれでもお金を稼いでいるのです」


 ふふんと胸を張ると完全に納得したわけではなさそうだが、わかりましたと私に花を持たせてくれた。

 ふたりでメニューを見ながらあれこれ言いつつなにを頼むか考えているのは楽しかった。メインはこちらがどんな甘言を使っても気を遣うだろうとサイドメニューのポテトフライも合わせて頼んだ。


「ドリンクバーで色々混ぜてよくわからないオリジナルドリンクとか作ったことある?」

「俺はしたことないですけど、やってる友達はいます。一度任せたらすごい色したの渡されて、ちょっと飲んでみたらすごく不味くてその場にいた全員がちょっとずつ飲んで最終的に作ってきた奴に残り一気に飲ませました」

「あはは、男子って感じだね。私の友達もやってた子いたけど多分そこまでじゃなかったかな、たまに失敗してすっごいまずいって言いながら渋い顔して飲んでたけど」


 女の人もやるんですね、やるよーと話していたらポテトフライが届いて、続いて彼はハンバーグとチキンのプレートセット、私は野菜と鶏唐揚の黒酢和え御膳で注文したものが揃った。プレートは更にソーセージが乗っているものもあって、こっちじゃなくていいと聞いたら大丈夫ですと返されてしまった。


「ナイフとフォークでいい?」

「ありがとうございます」


 カトラリーケースからナイフとフォークを出して渡し、自分は箸を持った。口々にいただきますと言ってから料理に手を付ける。さっきまでそれほどでもなかったのにご飯が目の前に来たら現金なお腹が早く早くと急かすように空腹を訴えた。黒酢あんの絡んだれんこんをひとつ、甘酸っぱくてホクッとザクッの間くらいの食感がいい、鶏唐揚もジューシーでご飯が進んだ。つい夢中で三分の一くらいパクパク食べてしまって、視線をあげる。正面では真剣な表情でチキンを切り、大きな口を開けて頬張る姿、私より大きなひとくちに思わず見入っていたら視線がこちらを向いた。なにか言いたげだが、今、口にものを入れたばかりで喋ることができず、せっせと咀嚼しているのを微笑ましく見守る。飲み込んで飲み物で口の中を流したあとようやくと口を開いた。


「あの、なにか可笑しかったですか?」

「ううん、大きいひとくちだなって、いいね豪快で」

「そう、ですか?」



 うんうんと頷くと気恥ずかしそうにしながらも私の箸使いや食べる仕草が好きだと逆に褒め返されて、こちらまで気恥ずかしくなってくる。誤魔化すように唐揚げ食べる? と箸でつまんで差し出すと、一瞬言葉に詰まったあと大丈夫ですと丁重に断られ、今度はハンバーグを口に入れた。私も行き場を失った唐揚げを口に放り込む。他人のつついたものや使った食器を嫌がる人もいるしそういうことだったのかもしれない、今後もしまた一緒に食事をすることがあったら大皿料理は避けようと思った。こんな機会があるとは限らないけど。口休めの漬物がやけにしょっぱく感じた。

 会話のお供のポテトフライも食べ終わって時間を確認すると既に二十時を回っていた。あまり遅くなってもいけないと会話に切りをつけて席を立つ。支払いを済ませ店を出ると彼が丁寧にお辞儀をしてご馳走様でしたと言うので私も丁寧にどういたしましてと返す。


「久し振りに話せて楽しかった、誘ってくれてありがとうね」

「俺も楽しかったです。本当にありがとうございました、奢ってもらったのも。もし、また、よかったら……ご飯一緒に食べませんか」


 真剣な面持ちでまるで告白のようだと思った。


「ぜひ、喜んで」


 かしこまった私の言葉もその返答のようだった。

 彼の表情がぱっと明るくなる。次の予定を決めるために連絡先を交換した。

 それから、家まで送ろうとしたら彼は女の人のほうが危ないと自分が送ることを頑として譲らなかった。私は大人だからと言っても決して首を縦には振ってくれなかった。まだ補導時間にはなっていないし、と仕方なくこちらが折れた。

 家の前まで送ってもらって、気を付けてねと念を押してまたねとわかれた。玄関の扉を閉めて、改めて『また』があることが嬉しかった。

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