5.蓮の姫君
「テメエら、ガタガタ言ってんじゃないヨ」
巻きのかかった長い髪の毛、着崩した首巻き。
その少女は、漢民族ではあり得ない着こなしを
していました。
「アタイらは腐っても硬派だろ」
「サーセン、アネゴ」
鮮卑族の男たちは、鮮卑語でそう発音しながら、
少女に向かってキレイなお辞儀をしています。
言葉の意味は分かりませんが、彼女がただ者では
ないというのは伝わって来ます。
「アタイの名は芙良、コイツらからは
『蓮(芙)の姫君』って呼ばれてる」
彼女は、幼さを残したとてもキレイな顔立ちを
していました。
芙良姫は名乗り終わると、劉備たちの方へ
歩いて来ます。
劉備は芙良姫を見て、「ハッ」となりました。
少女は髪を上で簡単に結って、髪飾りをしています。
それは母上がふだん付けている物と少し似ていました。
思えば、仲間たちと馬で走るようになってから、
盧先生の所へ全く行っていません。
同じ一族の徳然には、例の方法で集めた銅銭を握らせ、
口をふさいでいましたが、最近、徐々に要求される額を
上げられていました。
劉備は母上の事を思い出し、戦慄した表情で
下を向いてしまいました。
「えっ、何」
芙良姫は、変な大耳の男に一瞬直視された事が
気になってしまいました。
「しょっ、勝負での無礼サーセンシタ、
コイツらは後でヤキ入れとくヨ」
芙良姫が鮮卑語混じりの丁寧な謝罪を入れた直後、
耿雍が彼女の美貌に興奮して、早口でナンパを
はじめました。
「ねえねえ、吃饭了吗(ご飯食べたかい?)。
好きな経書は何、どこの緑地で遊ぶのが好きかい」
「ウザい」
彼女はキレイな漢民族の発音で答えました。
「なあ、お前らの縄張りは、もっと北だった
はずじぁねえんか」
総長が北方なまりの言葉で質問します。
「ここん所、馬たちの草が生えなくなったみたいで、
コイツ(鮮卑族)らも腹空かしてるみたい」
この時期、地球の寒冷化によって北の草原地帯に
住みづらくなった遊牧民は、牧草や食料を求めて、
徐々に南へ移住して来ていました。
「そういやぁその髪飾り、お前『鴻家』の者かぁ」
総長が芙良姫の髪飾りを見て言いました。
「ちょっと前に清流派潰しがあったろ、
そん時にアタイはここ(鮮卑族)の頭領に拾われたのさ」
彼女の言う清流派とは、儒教を修めた聖なる
集団の事であり、彼らは濁流派と呼ばれる勢力に
弾圧されていました。
耿雍はメゲずに芙良姫に話しかけます。
「ねえねえ、好きな狼煙の線は何色ぉ」
芙良姫は、盛大に無視しました。
「線の番号教えてよぉ。番号位いいじゃんよぉ」
負けるな耿雍、もう一押しだ。
「アッ、アタイ、彼氏いるんでムゥリィ。
ブッブゥゥ」
うん、なんだろう、ドンマイ。
「ウッソだぁ。じゃあ彼氏の名前言って見ろよぉ」
耿雍、もう止めときなさい。
「こっ、この人が私の彼氏ですぅ。ねっ」
そう言うと、芙良姫は近くでうつ向いていた
劉備の腕に、顔を真っ赤にしながら自分の腕を
巻き付け彼の目を見ました。
劉備は咄嗟の事で状況が飲み込めず。
「おっ、おう」
と答えてしまいました。
「エッ」
「えっ」
芙良姫と劉備は思わず顔を見合わせて。
「エェェェェェェェッ」
「えぇぇぇぇぇぇぇっ」
総長が笑っています。
鮮卑族からもザワザワと声がします。
「劉さん、マジかい」
耿雍が涙目で聞きました。
「えっ、あっ、いや、ムリ」
劉備はとりあえず否定しました。
劉備の言葉を聞いた芙良姫は、半泣きの顔で
「何いってんのよ、バッカみたい」
と言い、劉備からパッと腕を離し鮮卑族の方へ
戻って行きました。
「きっ、今日のところはこれで勘弁してやるわ」
と言って芙良姫は、自分の馬に跨ります。
「あっ、ちが」
劉備は、芙良姫にキレられて言葉が出ません。
鮮卑族たちも馬に跨ると。
「覚えてなさい。あっ、アンタらなんか、
『八百八屍将』が来たら瞬殺なんだからっ」
と、芙良姫が言い残し、彼女たちは嵐のように
去って行きました。
劉備たち白馬騎士団は、取りあえず去って行った
災難に、呆然としています。
しばらく考え込んでいた総長が口を開きます。
「『八百八屍将』っ言ったら、鮮卑族の頭領、
『檀石槐』の異名だぞぉ」
総長は劉備の肩をポンと叩いて。
「(色々と)えれえ事しちまったなあ」
と、放心状態の劉備に言いました。
「明日、盧先生の所へ行こう」
劉備は小声で呟きました。
次の日、劉備は久々に盧先生の草廬へ
顔を出しました。
「あれっ、珍しいな。何日ぶりだい」
先に席にいた徳然が驚いています。
「ぜっ、銭が尽きたんだよ」
劉備が指で輪っかを作って徳然に見せます。
「何だ、残念だなぁ」
よく見ると徳然の服装が少しお洒落に
なっているではないですか。
劉備からの口止め料で購入したのでしょうか。
しかし、手もとには大量の紙が積んであり、
彼の努力を表していました。
小さい鐘の音が「カンカンカン」と鳴ると
教室に盧先生が入って来ました。
先生は久々に来た劉備や公孫瓉を
一瞥してニッコリ笑いました。
「皆さん、おはようございます」
相変わらず、大きな釣り鐘のような
声でビシッとキレイな礼を決めました。
「今日は諸君に大切なお話があります」
先生が、かしこまって言いました。
「私、本日をもってこの学舎をたたみ、
国家の命令で河(黄河)の南へ行って、南蛮に
儒教の素晴らしさを伝え(反乱の平定)に
行くことになりました」
それは、あまりにも突然の別れでした。
次回に続く。
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