25.少年の初陣‼銭塘江
「お宝は、ここにあるぜ」
小高い丘の上で堅が叫ぶと、
かい賊たちの視線はそちらへと集
まった。
月の灯りで照らされた少年の姿
はまるで、後光を纏っているかの
ようだった。
「ほほぅ、面白え」
少年の威勢のいい声を聞き、
かい賊の統領が不敵に笑う。
少年は右と左、両方の手に網目
のかかった緑色の瓜を持ち、それ
を皆へ見えやすいように、天へと
かかげて月の光で照らした。
「これが富春の新名物、蛍と純だ」
堅の父親が突如、鼻歌を歌い始
める。
どうやら、蛍と純の宣伝のため
に作った曲らしい。
「とくとご賞味、あぁ、れぇ」
堅はそう言いながら、右手の瓜
を、かい賊の方へ振りかぶって、
投げた。
それを見た賊の仲間の、美丈夫
な二刀流の剣士が即座に反応し、
瓜をその手に持つ名剣で真っ二つ
に斬ると、それは静かに地面へと
落ちた。
「なるほど、見事なだいだい色だ」
普段無口な剣士は、瓜のその
果実の鮮やかさに、思わず声を出
した。
斬った瓜を食べやすいよう、
更に二つに切り、統領に代わって
味見をする。
「どうだ」
統領が訊ねると、剣士は無言で
瓜の片割れを彼に渡し、食べてみ
ろと言わんがばかりの目くばせを
した。
統領が、だいだい色の果実へ
豪快にかぶり付く。
その瞬間、堅の父親の鼻歌を
背景に、彼の目の前へ北の大地の
情景が広がった。
「とっ、父さん」
統領はそう呟くと、自分の
少年の頃の事を思い出して、一筋
の涙を流す。
「子供がまだ食ってる途中でしょ
うがっ、とか言って、貧乏ながら
に家族を守ってくれてたっけ」
「ぼっ、僕にもちょうだい」
賊の仲間の緑の人が瓜を食べよ
うと手を伸ばしたが、剣士がそれ
を払いのけ、残りの瓜を二つに切
り、同じく仲間の女盗賊と亡国の
姫に渡した。
「なにこれ、超美味い」
瓜のあまりの美味さに、思わず
黄色い賞賛の声が上がる。
その声を聞いた堅は、得意顔で
かい賊たちを眺めて、後ろにいる
瓜の提供者に言った。
「おっ母さん、我が家自慢の新
名物は、すこぶる好評のようです」
「あんたら、どこほっつき歩いて
るのかと思って、”静”と一緒に見
に来てみたら、まさか、こんな事
になっているとはねぇ」
母親がそう勢いよく言うと、弟
の静が、瓜を乗せた荷台から顔を
出した。
「兄さん、孫家の底力を見せてや
りましょう」
と言って、堅の両手に”蛍と純”
を渡した。
父親は相変わらず、蛍と純の宣
伝のために作った曲を歌っている。
「小僧ぉっ、その瓜豪快に買うぜ」
賊の統領が堅を指差してそう言
いうと、手に持った金銀を堅の方
へ投げた。
「まいどありっ」
投げられた金銀と交換する形で、
堅は瓜を投げ返した。
瓜が綺麗な直線を描きながら、
飛んで行く。
父親は相変わらず、蛍と純の宣
伝のために作った曲を歌っていた。
賊が瓜を受け取ると、統領は、
たて続けに金銀を堅の方へ再び投
げた。
「まだまだっ、豪快に買うぜぇっ」
弟の静が荷台より次の瓜を母親
に渡し、それを堅が受け取って、
瞬時に投げ返した。
それはまるで、火事の際に水を
桶で運ぶかの如く。
「嗚ぉ、江州、嗚ぉ、江州」
その掛け声も軽やかに、孫家は
独自の連帯感をみせた。
なお、父親は相変わらず、蛍と
純の宣伝のために作った曲を歌っ
ている。
賊と孫家との応酬が今、
始まった。
この戦いの勝敗は至極単純で、
それは、お互いの物量にかかって
いた。
要するに、交換する物が無くな
った方が、この戦いの敗者となる。
「ほらほら、ぼやぼやしてないで、
ちゃっちゃとやりなっ」
堅たちの母親は、そのきっぷの
良い言い回しで調子を整える。
「この初陣、負けるわけにはいか
ねぇ」
堅はそう言って、己に気合を入
れた。
この瓜には故郷富春、ひいては
中華帝国南部の意地がかかってい
るのだ。
「南の大地の恵み、豪快に買いつ
くしてやるぜ」
賊の統領は、この戦いを楽しむ
かの如く、その表情を不敵な笑み
から、会心の笑みへと変化させて
いた。
思った以上の瓜の大盛況に、
堅の父親の鼻歌が、益々その
調子を上げていく。
「やばいよぅ、金銀がまるで湯水
の如く無くなっていってるよぉ」
賊が貯えている金銀の残量を見
て、緑の人が怯え始めた。
「だめだ。
ああなったら、あいつは止められ
ない」
美丈夫な剣士が、そう言って緑
の人の肩を軽く叩く。
だが、事情は孫家側も同じの様
で、こちらも物凄い速さで瓜の
在庫を消費していた。
「兄さん、取る物も取り敢えず駆
け付けたので、もう瓜が尽きそう
ですよ」
「無いなら無いなりに工夫するん
だよぉ」
静の訴えに母親の叱咤が飛ぶと、
堅は何かを理解して、その答えを
捻り出した。
「おっ母さん、商品に付加価値を
付けるのですね」
彼はそう言うと、瓜の握り方や
投球の姿勢を変えて、瓜の飛ばし
方に工夫を加えた。
「なにぃ、弾が曲がるだとぉ」
賊たちは、その自在に変化する
投球に意表を突かれたようである。
「堅よ、やるじゃないかぃ」
「おっ母さんの助言のおかげです」
商品にひと工夫を加える事に
成功した事で、堅は母親からお褒
めの言葉を賜った。
「いや、瓜の数への解決にはなっ
てないのですが」
そんな兄たちのやり取りを見て、
静が呟く。
激しい攻防戦が続く中、お互い
物資を決して出し渋ることなく、
全力でその工夫の数々を見せ合う。
父親の鼻歌も、もう何週目であ
ろうか。
その声は終焉を催促するかの如
く、次第にその音量が大きくなっ
ていった。
「もう駄目だ、在庫が切れる」
堅が最後の一個を投げた時、母
親と静は、落胆と疲労でその場に
座り込んでしまった。
「もう、おしまいだよぉ」
父親もその様子を見て、鼻歌を
歌うのを止めてしまった。
「俺たちの勝利だな」
それらの様子を遠くから見た賊
の統領は、勝利を確信して、その
顔に不敵な笑みを浮かべた。
労力と工夫、その全てを出し切
って、堅はもう抜け殻の状態であ
る。
その時、放心状態の彼の口から
無意識に言葉が出た。
「兵とは詭道(騙し合い)なり」
堅の父親は、その言葉を聞き、
体を震わせて言った。
「あっ、あれは”孫子の真言”だ」
次回に続く。




