24.襲撃⁉長江船
中華帝国の南を流れる銭塘江。
その日は夜空の下、その流れへ
長江より来た船を静かに浮かべて
いた。
闇夜にも関わらず、長江船が開
く市の所々には煌々と明かりが灯
されて、まるで眠る事を知らない
かのように賑わっている。
堅ら親子は、そんな賑わう市を
ゆっくりと散策しながら、一夜を
明かすための場所を探していた。
「お父っつぁん。
目当ての茶も手に入れた事ですし、
これで大手を振って地元の富春へ
帰れますね」
朗らかに話す息子の言葉を聞い
た父親は、慌てて右手の人差し指
を立て、それを自分の口に当てて、
息子の言葉を制する。
「我らが茶を持つことが周りに知
れたら、それを狙って賊に襲われ
るやもしれぬぞ」
茶は高級品ゆえに、それを掠め
取る事を狙う者が多いと聞く。
父親の注意に堅は鼻息を荒げて、
「なあに、われら親子はかつての
名将”孫武”の子孫ですからね。
そんな奴らは返り討ちにしてやり
ますよ」
と、息巻いた。
とは言え、親子は瓜五百個と
引き換えに交換した、茶の入った
器をその懐に抱いている。
おのれの出自と、大枚をはたい
て手に入れた茶の事を、意気揚々
と話す息子を見て、父は苦笑いを
していた。
そんな、その辺にありふれた親
子の会話をよそに、多くの蹄の音
は、夜に賑わう長江船の市へ刻一
刻と近づく。
「何だか、辺りが騒がしくなって
来たな」
堅の父は市の商人たちが慌ただ
しく右往左往しだしたのを見て、
市の異変に気が付いた。
その直後、一大事を大声で告げ
る者が市の中を駆けた。
「か、い、ぞ、くが、来たぁぁっ」
その声を聞いて、市へ来ていた
人々に動揺が走る。
「恐らく狙いは、大量の物資を商
う長江船であろう」
堅の父が言った。
ただ、それらを扱う手前、商人
たちはそれらの事態をすでに想定
していた様で、かねてからの持ち
場でこれを迎え撃つ態勢を整えて
いた。
髑髏の旗を翻し、蹄の音高らか
にして、この世のありとあらゆる
宝を豪快に狙う者たち。
先頭で馬に跨り駆ける真っ赤な
長い丈の上着を着た男は、その腰
には色とりどりの鍵をぶら下げ、
その鍵がこすり合わさると、軽快
に金属音が鳴っていた。
彼はその後ろに、美丈夫な
二刀流の剣士、女盗賊、亡国の姫
、緑の人などを引き連れている。
それら人物の名はわからないが、
その集団の中に、堅は見知った顔
を見つけた。
「あれはっ、昼間に会った役人」
どうやら彼は賊の手先だったよ
うで、役人のふりをして賊の手引
きをしていたのである。
「ほっ、本業で儲かってなかった
んだ」
言い訳じみた言葉を堅ら親子に
発すると、彼は後ろめたかったの
か、集団へと引っ込んでしまった。
堅の父が言う。
「彼は、報酬のいい仕事に釣られ、
いつの間にか闇の仕事へ加担させ
られていたのだろう」
それはさておき。
集団の先頭にいる、真っ赤な長
い丈の上着を着た男が不敵に笑い、
後ろに控える部下たちに言った。
「派手に行くぜぇぇぇっ」
その声と共に、金銀が宙を舞う。
「いっ、いらっしゃいませぇぇぇ」
市の商人たちの接客の声も空し
く、その扱う品々が大量に金銀へ
と交換されて行った。
「いくぞっ、豪快に交換だっ」
かい賊戦隊たちが、その部下と
手分けして、長江船の商品を大量
に買い付けて行く。
「子曰く、品物は一部に独占され
ると、世の物価が破壊される也」
「お父っつぁん。
何を言っているのですか」
堅の父親は、一瞬その姿に後光
を宿し、何かに取り憑かれたかの
ように、息子を見て言葉を発した。
「うす汚れちまった銀なんか、
掃いて捨てるほどあるぞぉっ」
かい賊はそう言いながら、その
大量に持つ金銀を、豪快に品物へ
交換していった。
「ああっ、欲しかった願富良がっ」
欲しかった品物がいつの間にか
理不尽に買い付けられて行くさま
を見て、多くの民が嘆いた。
ちなみに願富良とは、童の心を
持った人間にのみ”良い願いを富ま
せる”事が出来るという偶像の事ら
しい。
「それだけは勘弁してくだせえ」
「うっさい、ばぁぁぁか」
女盗賊が嘆く男を罵倒した。
「何たる非道」
堅が怒りに震え、呟く。
かい賊は他にも、なんだか小さ
くて可愛いやつや、小さい神獣が
描かれた手の平ほどの大きさの薄
い板なども、容赦なく買い付けて
行く。
瞬く間に、売り場の品物はその
姿を消した。
ただ、一種類のみ買い付けより
逃れた品物があった。
それは、小さな輪っかの周りに、
同じような輪っかが三つ連なった
道具である。
「なんだ、これは」
かい賊は、その道具を人差し指
と親指で挟み、勢いよく回転させ
てみる。
「なんでこんなもんが流行ったん
だろう」
そう言うと、その道具を元に戻
してしまった。
真っ赤な長い丈の上着を着た男
が、どこからともなく取り出した
真っ赤で大きな箱を両手で持ち、
言った。
「安心しな、品物は後で俺たちが
この箱に入れて売ってやるよ」
「あいつら、高額で転売する気だ」
堅の父親がその企みを喝破した。
「おっと、こんなところに隠し持
ってたかぁ」
散々に買い付けた挙句、ついに
その手は、庶民の食料品である
”米”へと伸ばされようとしていた。
米までも買い占められてしまう
と、長江流域どころか、中華全土
が混乱に陥ってしまうであろう。
そのとき、
「買うなら米より良いものがある
ぜ」
かい賊が声のする方を見上げる
と、そこには緑で網目のかかった
瓜を手に持った堅が立っていた。
次回に続く。
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