22.船を待つ!!名将の子孫
「こうして、儂ら誉れ高き
帝国騎士団は、たった一人の男の
手によって全滅してしもたのだ」
床に伏す臧旻の話が一段落する
と、それを静かに聞いていた
筋骨隆々の男が口を開いた。
「その様な事があったのですね」
「堅よ、あの戦役にお主が居れば
この様な無様な結果にはならんか
ったのにのう」
臧旻は天井を見つめながら、
溜息をつく。
堅は、窮地にあった臧旻を片腕
一つで救ったと言う人物に興味を
持ち、彼にその素性を尋ねた。
「臧旻さまを救った剛の者とは、
一体何者だったのですか」
臧旻は、夢に見るくらい屈辱を
被った戦場での記憶を手繰り寄せ、
堅への答えを探す。
「確かあの力士、冀州なまりであ
ったな」
臧旻がさらに記憶を辿ろうとす
ると、一人の青年が大声を上げて
部屋へ駆け込んで来た。
「親父は駄目だ、全く分かってお
らん」
歳の頃は堅と近い二十代前半く
らいであろか、その若々しい声が
父親を強く批判する。
堅は親しく彼の字を呼び、急な
来訪者を軽くたしなめた。
「騒々しいな子源、手負いの父上
は労わらにゃいかんぞ」
来訪者と言っても、堅の方が客
人ではあるのだが。
「作戦の為とはいえ、極寒の北の
大地で裸同然の軽装備で居ったら、
体を壊すに決まっておるだろ」
子源と呼ばれた青年がそう吐き
捨てると、臧旻はくしゃみをして
青っ洟を飛ばした。
「そんな事より、親父は物の善悪
を判っておらん」
子源がそう言い放つと、堅は彼
に尋ねた。
「それは、どういうことだ」
子源は友の問いに答えるべく、
簡単に襟を正し、口を開いた。
「戦とは、やみくもにやり合えば
良いというものではない」
「ほう」
堅が相槌を打つ。
「悪を示すことがもっとも重要だ」
子源はそう言うと、人差し指を
立てた両手を、自分のこめかみの
少し上あたりにそえ、
「かつてお主、文台がしたように
な」
と言いながら堅を見て、口の
両側を上げた。
文台とは、堅の字である。
「よしてくれ、またその話か」
彼はうんざりとした表情で、
右手の手の平を出し、これから始
まる長い話を制しようとした。
そんな堅の意思とは関係なく、
話は始まる。
あれは堅が十七歳の時。
河岸で父と子は、長江から海を
つたって銭唐江へやって来る
”長江船”を待っていた。
長江船には、西の異国から運ば
れた珍しい宝物や、めったとお目
にかかれないような食材等が積ま
れている。
その中に高級品である、お茶も
含まれていた。
「お父つぁん、長江船には本当に
茶があるのですかね」
父が子の質問を聞くと、慌てて
子の口を軽く手で塞いだ。
「これっ、茶を求めに来たことが
知られると、それを狙った賊ども
に命を狙われるぞ」
子は父の手をはね退けて、口を
尖らせながら言った。
「なあに、賊が来たら俺が叩きの
めしてやりますよ。
なんつっても我が家は、伝説の
将軍、孫子の子孫ですからね」
「あっ、ああ」
威勢を示す我が子に、父は頭を
掻きながら苦笑いをした。
古の名将"孫子”の子孫。
それは、自分がかつて酒に酔っ
た勢いで言った言葉である。
「堅よ、お前は兎に角声がでかい。
船を待ってる間、瓜でも食ってな
さい」
父は、一家の商売道具である、
丸い瓜を子に渡した。
その瓜は緑色をしていて、表面
にはびっしりと白い網目がはって
いる。
伝説の将軍の子孫は、今ではな
ぜか、立派な瓜農家を営んでいた。
「お父つぁん、もう瓜は食べ飽き
ました」
そう言いながらも、堅は差し出
された瓜を雑に割って、黄緑色を
した果実にかじり付く。
「相変わらず、くそ甘っめえなぁ」
文句を言いながらも彼は、瓜を
あっという間に食べてしまった。
「お前なあ、もっと味わって食え
よ。
長江船が来る前に瓜を食べつくし
てしまったら、交換する物が無く
なってしまうではないか」
荷台には親と子で運んだ瓜が、
五百個ほど積んであった。
「これだけあっても、どれほどの
茶と交換してもらえるか」
父が、感嘆の溜息をつく。
そんな事を話していると、向こ
うの方から鎧兜を着た二人組がや
って来た。
「おいおい、お前ら。
こんなところで何をしておる」
どうやら、この辺りを見回る下
っ端役人のようだ。
「へえっ、あっしらは隣の富春県
で瓜農家を営んでおる者です」
父が腰を低くして役人に答えた。
若い堅が、それを不満そうにな
がめている。
「瓜農家ぁ、身分を偽った賊では
あるまいなぁ」
役人がうすら笑いを浮かべなが
ら、右手を差し出す。
「とんでもございません。
ここで長江船を待っておるのです」
そう言いながら、父は彼らに瓜
を差し出した。
彼らはめいめい瓜を手に取って
雑に割ると、そのまま果実にかじ
り付く。
「甘っめぇなあ。
お前、塩持ってないか」
「ほらよっ」
役人がもう一人の役人に尋ねる
と、塩が入れてある小袋を相方に
差し出す。
彼はもらった塩を果実へかけて
から、食べ直してみた。
「うわっ、甘さが増しちまった」
瓜の甘さにのけぞっている相方
を尻目に、もう一人の役人が尋ねて
きた。
「そういや、長江船を待っている
と言ったが、だれか知人でも乗っ
ているのか」
「いえ、おっ母さんに飲ませてあ
げるお茶と瓜を交換してもらいに
来たのです」
その質問に、堅が誇らしげに答
えた。
それを聞いた役人がお互いの顔
を見合わせると、
「いやいや、こんな不細工な網目
のついた瓜では、いくつあっても
無理ってなもんよ」
と言って笑い出した。
確かに、茶は重病人か、高貴な
身分の者しか口にできないほど、
高価な代物であった。
だが、笑い声を聞いた堅の頭へ
一気に血がのぼる。
一家の家業を馬鹿にされたよう
な気がしたのだ。
この無礼者たちを叩きのめそう
と、堅が瓜を両手に持った時、
遠くの方から派手な笛や弦楽器の
音が聞こえて来た。
煌びやかに装飾された大きな船
がゆっくりと、こちらへ向かって
航行していたのである。
次回に続く。
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