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爆裂‼三国伝(ラフスケッチ版)  作者: 縦河 影曇
21/27

21.燃えよ‼阿超拳

 冷たい風()く北の大草原。


 帝国騎士団(ていこくきしだん)は、かねてから準備

していた作戦によって、鮮卑族(せんぴぞく)

(いくさ)を有利に進めていた。


 騎士の攻撃を受け大地に横たわ

()()み頭の勇者たちが、(うめ)

ように民族の霊歌(ブルース)を口にしている。


 男は、それに(こた)えるかのように、

一人で大軍の前に立ちはだかって

いた。


「おっ、お前は何者だ」


 騎士団の指揮官(しきかん)である臧旻(ぞうびん)は、

突如(とつじょ)として疾風(はやて)のようにあらわれ

た黒の長袖(ながそで)の男へ名乗(なの)りを(もと)めた。


 男は臧旻の問いかけに答える()

わりに、(あご)を前に突き出してから、

手の指を上にして、二、三回手招(てまね)

きをした。


 帝国騎士団に、かかってこいと

挑発(ちょうはつ)しているようだ。


 (はす)姫君(ひめぎみ)が白馬から飛び降り、

長い()(がみ)をなびかせて、男に()

け寄った。


八百屋(やおや)師匠(ししょ)ぉ」


 男は、目の前で手を組んで拱手(きょうしゅ)

(れい)をとる女性へ、訂正(ていせい)するよう

に言い(はな)つ。


八百八(はっぴゃくや)屍将(ししょ)ぉ」


 八百八屍将(はっぴゃくやししょう)と名乗った男は、

上着の(えり)(はじ)いて(ただ)すと、気を取

り直してもう一度、騎士たちに顎

を突き出した。


「はっ、八百八屍将だと」


 その名を聞いた臧旻の顔から、

一気に血の()が引いて行く。


 帝国騎士団の中でその名を知ら

ぬものはいなかった。


 かつて、鮮卑族の一人の男が

八百八人の(しかばね)()み上げた、

その伝説(でんせつ)を。


 彼の本当の名は”檀石槐(だんじゃくえ)


 ある日、彼の部族(ぶぞく)襲撃(しゅうげき)され、

その財産(ざいさん)はことごとく(うば)われて

しまった。


 しかし、当時若干(じゃっかん)十四歳だった

彼にはすでに功夫(クンフー)の才能が開花(かいか)

ており、単身(たんしん)にて敵地へ乗り込ん

だ檀石槐は、その(いか)りの鉄拳(てっけん)

略奪者(りゃくだつしゃ)へ血の復讐(ふくしゅう)を行ったと言う。


 臧旻は(ふる)えた右手で、目の前に

いる綺麗(きれい)に切り(そろ)えられた前髪(まえがみ)

男を指差(ゆびさ)した。


「やっ、(やつ)こそ鮮卑の大人(ターレン)だ」


 大人とは、北方(ほっぽう)騎馬民族(きばみんぞく)

支配者(しはいしゃ)を意味する。


 八百八屍将は、(しず)かに上着を

脱ぎ、その(きた)え引き()められた

筋肉(きんにく)を敵に見せつけた。


「すっげえ」


 帝国の騎士たちから感嘆(かんたん)の声が

上がる。


 彼らは今回の作戦の為に、体を

大きく太らされていたのである。


 (とき)に男子は、(きた)えられた筋肉に

強い(あこが)れを(いだ)く。


 騎士の数人は、(ふく)れ上がった自

分の(はら)をつかみ、失意(しつい)(ねん)を抱い

脱落(だつらく)していった。


「者ども、狼狽(うろた)えるでない」


 臧旻は騎士たちの鼓舞(こぶ)(こころ)みる。


 続けざまに八百八屍将は、(こし)

()した短い(こん)素早(すばや)く取り出した。


「なっ、何だそれはっ」


 臧旻が(わき)き上がる恐怖(きょうふ)を飲み()

んで質問(しつもん)すると、彼は(くさり)連環(れんかん)

れた二つの棍を、おのれの目の前

で横一文字に()ばし、


阿超(アチョ)ぉぉぉっ」


 と、突然甲高(かんだか)い声を発し、

二つの棍を前後左右へと振り回し

始めた。


 それはまるで、伝統的(でんとうてき)舞踊(ぶよう)

()うかの(ごと)く、棍が鍛えられた筋

肉の周りを舞う。


「かっ、格好(かっこ)いい」


 影響(えいきょう)された騎士の一部が、

(きゅう)ごしらえの棍を振り回し、八百

八屍将の真似(まね)をし出した。


「いかん、(わな)だぁ」


 臧旻の静止(せいし)の声も(むな)しく、

振り回した棍を当てて怪我(けが)をする

者が続出(ぞくしゅつ)するばかりか、(となり)の者へ

ぶつけてしまい、謝罪(しゃざい)に追われる

者まで(あらわ)れ出した。


「あっちょぅぅぅ」


「あいたっ」


「すいません」


「あっちょぅぅぅ」


「あいたっ」


「すいません」


 部隊(ぶたい)はもう、大混乱(だいこんらん)である。


 よく見ると、棍を練習している

者の中に、()せた上半身を(あざ)だら

けにしながら、熱心(ねっしん)に練習する

初老(しょろう)の男がいた。


「かっ、夏育(かいく)どのぉ」


 そこにいたのは、鮮卑族討伐(とうばつ)

総司令官(そうしれいかん)”夏育”その人であった。


 寒空(さむぞら)の中、鼻水(はなみず)をすすりながら

棍を振り回すその(いた)ましい姿に、

かつての()ちあふれた自信(じしん)微塵(みじん)

もなかった。


「あちょぅぅぅ、あいたっ。

 あちょぅぅぅ、あいたっ。

 すいません、すいません」


 なんと、討伐隊の本体はすでに

鮮卑族の手に落ちていたのだ。


「何というお姿(すがた)に」


 本体の援軍(えんぐん)(のぞ)めない以上、

鮮卑族掃討(そうとう)作戦の成功率(せいこうりつ)(いちじる)しく

低下(ていか)した。


 臧旻は、何とかこの最悪(さいあく)事態(じたい)

回避(かいひ)するべく作戦を考える。


 いや、こうなってしまっては

答えは一つしかなかったが、彼の

(ほこ)りがそれを(いな)としていた。


 だが、もうそんな事は言ってい

られないほど事態は切迫(せっぱく)していた。


 悲鳴(ひめい)を上げる騎士たち。


 このままでは全滅(ぜんめつ)(まぬが)れない。


「もはやこれまでか」


 臧旻は()(けっ)し、


 馬から降りた。


「八百八屍将ぉぉぉっ、(わし)が相手

になってやる」


 もう、大将(たいしょう)同士の一騎打(いっきうち)ちでし

かこの形勢(けいせい)をくつがえすことは出

来ない。


 臧旻は、大地へ左右と豪快(ごうかい)

四股(しこ)()んだ。


弩守来(どすこ)ぉぉぉい」


四股を踏みながら、「ぱちん」と

両手を()らす。


 臧旻も年老(としお)いたとはいえ、帝国

騎士の(はし)くれ。


 彼は大木(たいぼく)を見つけて、日ごろの

稽古(けいこ)成果(せいか)を見せつける。


「弩守来ぉぉぉい」


 大木へ()り手を()びせるごとに、

それは大きく()れた。


「弩守来ぉぉぉい」


 その張り手、まるで

(するど)(ほこ)(ごと)く。


 その(わざ)には、騎士の(つな)とりを(つと)

めるのにふさわしい、威厳(いげん)のよう

な物が感じられた。


「弩守来ぉぉぉい」


 臧旻に帝国の洗練(せんれん)された技を見

せつけられた八百八屍将は、蓮の

姫君に何か耳打(みみう)ちをした。


 漢語(かんご)が話せる蓮の姫君は、(こし)

左拳(ひだりこぶし)()えながら臧旻を指差(ゆびさ)し、

八百八屍将の通訳(つうやく)として、少し

ものまねまじりの声色(こわいろ)で言い

放った。


「棒っ切れは、反撃(はんげき)しない」


 彼女がそう言いおわると、八百

八屍将は沢山(たくさん)(ほそ)い棒が突き出て

いる木の柱を用意させた。


 臧旻の手が止まる。


 彼はそれを見て驚愕(きょうがく)した。


「なにぃ、柱から無数(むすう)の棒が出て

いるだとぉ」


 八百八屍将は”木人(ぼくじん)”と呼ばれる

木の柱へ向かい合うと「ぺちんぺ

ちん」と、もの(すご)い速さで両手を

使い、変幻自在(へんげんじざい)に柱を打ち始めた。


阿超(アチョ)っ、阿超っ」


 小刻(こきざ)みな功夫の掛け声と、

「ぺちぺちぺち」と無数の棒へ

打撃(だげき)(くわ)える音が鳴り(ひび)いた。


「ぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺち」


 帝国の騎士たちは、その見事な

攻防一体(こうぼういったい)の功夫に見とれていた。


「阿っ超ぉぉぉっ」


 大きく気合を(さけ)びその手を止め

ると、八百八屍将は臧旻をちらっ

と見た。


「こんな棒っ切れ、

何でもないわぁっ」


 臧旻は木人の前に立ち、左右に

四股を踏んでから大きく息を吸い

込む。


「弩守来ぉぉぉい」と、張り手(わざ)

を柱へ(いきお)いよくぶちかますと、

木人は音を立てて()っ二つに()

てしまった。


「どうだっ、一撃(いちげき)だ」


 臧旻は勝利を確信(かくしん)し、辺りを見

渡す。


「ああ、あっ、俺たちもやりた

かったのに折っちゃったよ」


 騎士たちから、臧旻に幻滅(げんめつ)の声

が上がった。


 (ひや)ややかな視線(しせん)が臧旻へと向け

られる。


「何だ、この感じは」


 どうやら彼の手間暇(てまひま)かけて完成

させた張り手技は、周りの支持(しじ)

()られなかったようである。


「こんなのまるで、空気の読めな

い人みたいじゃないか」


 (ひざ)から(くず)()ちる臧旻。


 すっかり戦意(せんい)を失った臧旻へ

(とど)めを()すべく、八百八屍将が

体を(ふる)わせながら、悲痛(ひつう)表情(ひょうじょう)

跳躍(ちょうやく)する。


「阿っ超ぉぉぉぉっ」


 その瞬間(しゅんかん)は、(おそ)く動いているよ

うに感じられた。


 覚悟(かくご)を決めた臧旻。


 だが、その時、


八卦(はっけ)()ぉぉぉい」


 一人の騎士が(さけ)びながら南東の

方角から白馬で()けて来たと思い

きや、臧旻を軽々と片手で持ち上

げ、北西の方角へ離脱(りだつ)して行った。


 臧旻は危機一髪(ききいっぱつ)死地(しち)(だっ)した

のである。


 戦場には、遠ざかって行く「八

卦良い」という声だけが残った。


 次回へ続く。

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