20.対決!!蒼天と黒龍
帝国の北に広がる冷たく乾燥し
た草原地帯。
一日で千里を駆けるであろう大
型馬に跨った蒼と黒の軍団が、互
いに砂埃を上げて今まさに激突し
ようとしている。
蒼色の制服を纏った帝国騎士団
は、軍楽隊が合唱する「鵜烏羽」
という警報音の中、その白い兜が、
緊急事態を示す赤色に変わった。
赤色は、漢帝国の火徳を表して
いる。
この戦で負けることは許されな
いのだ。
「皇国の興廃、この一戦にあり」
騎馬部隊の先頭で馬を駆る指揮
官の臧旻は、騎士たちを鼓舞する
為に、最近覚えたての勇ましい
言葉をひけらかした。
一方、猛進してくる蒼の軍勢を
目の前に、黒の軍団を率いる巻き
髪の女性は、背中に芙蓉(蓮)と
書かれた黒い羽織をひるがえし、
大型の白馬に跨って、黒服の勇者
たちを奮い立たせる言葉を発した。
「ダトゥ、ケンケェ」
それは、鮮卑族の言葉であった。
その麗しの唇より攻撃的な言葉
が放たれると、その音が大草原に
響き渡り、勇者たちはそれを霊歌
のように復唱し加速しだした。
「ダトゥ、ケンケェ」
「ダトゥ、ケンケェ」
彼らの言葉は、見えない箭とな
って、見えない自由のために帝国
騎士団へと撃ちまくられる。
軍団の先鋒同士がぶつかり合っ
た時、黒い羽織の女性が、軍団の
真ん中を突き抜けるように、烈し
い一矢を放った。
「誰も望んでないのに、知識ひけ
らかして、かしこぶってんじゃね
えよ、オッサン」
その言葉は、初老に差し掛かっ
て、近ごろ若者への自分語りが多
くなった臧旻へと直撃する。
しかし、帝国騎士団の赤い兜が
その言葉を“ほぼ”遮断した。
臧旻は、とっさに言い返す言葉
が思いつかなかったが、周囲に己
の無傷を示すため言葉を返した。
「えっ、何だって」
しかし、その眼は涙で赤くなっ
ていた。
言葉の暴力はいけない。
だが、臧旻はある事に気が付く。
「ちょっとまて。あの女、我らと
同じ漢語を話しているではないか」
確かに、鮮卑族を指揮する女性
は、流暢な漢語を放って来ていた。
臧旻の心に受けた傷が、それを
物語っている。
乱戦の中、臧旻は彼女に力強く
質問した。
「小娘ぇ、お前は何者だぁ」
その言葉を聞いて彼女はふっと
笑い、名乗りを上げた。
「泥の水面に華が咲く。
産は燕国、名は芙蓉、
何の因果か不良の姫さ。
蓮の姫君とは、あたいの事さね」
「なんと、噂に聞く鴻家の娘か」
臧旻の耳にも彼女の噂は届いて
いた。
かつて栄華を誇った鴻家の娘が
鮮卑へ降り、復讐の時を窺ってい
ると。
「祖国を捨てた裏切り者めぇ。
皆の者、あの女に天罰をあたえよ」
臧旻は敵の先制攻撃へ報復を与
えるべく、言葉をつっかえながら、
騎士たちに攻撃の指示を出した。
しかし、蓮の姫君が名乗りを終
えたくらいから、帝国の騎士たち
が、ざわつき始めた。
帝国の騎士の一人が、興奮して
大きな声を上げる。
「蓮の姫君ぃぃぃぃぃぃぃぃぃ」
臧旻は目を細めて、その耳を疑
った。
「えっ、なになに」
一人が声を上げると堰を切った
ように騎士たちから歓声が上がる。
「可愛いぃぃ、こっち向いてぇぇ」
騎士たちは、噂に聞く蓮の姫君
を直接見て、その偶像的な美貌に
心を奪われてしまったようだ。
すっかり戦意が低下した騎士た
ちに、鮮卑族は彼らの伝統的攻撃
である”メンチ斬り”を容赦なく繰
り出した。
メンチとは恐らく”挽いた肉の
ように”と言う意味だと推測される。
「チッチッチッチ」
剃り込み頭の鮮卑族の勇者たち
は威圧的に舌打ちをしながら、
帝国の騎士たちにメンチ斬りをく
り出す。
「いかん、こちらが押されている」
騎士たちが次々とメンチ斬られ、
戦闘力を削がれていく。
統率を失い、不利になって行く
戦況を見て臧旻は焦った。
「ぐぬぬぬ、かくなる上は」
臧旻は何やら覚悟を決め、鎧を
脱ぎはじめる。
彼は上半身裸になり、その老体
を寒空の下に晒し、右の掌を前に
出して大声で叫んだ。
「弩守来ぉぉぉい」
どうやら、作戦の号令のようだ。
号令を聞いた帝国の騎士たちも
臧旻に倣って鎧を脱ぎ捨て、同じ
ように復唱した。
「弩守来ぉぉぉい」
騎士たちは、一糸乱れぬ作戦行
動で、鮮卑族のメンチ斬りに対し
て、張り手攻撃をお見舞いする。
「弩守来ぉぉぉい」
騎士たちの張り手によって、
鮮卑族は馬上から張り倒されて
いった。
「弩守来ぉぉぉい」
騎士たちは、この日の為に、
毎日、詰め所の柱へ向かって、
張り手を鉄の弾のごとく稽古して
いたのである。
「弩守来ぉぉぉい」
裸で指揮をする臧旻は、身震い
をしながら、思わず会心の言葉を
発した。
「かっ、勝てるぞぉ。
やっぱりツッパリには突っ張りだ」
鮮卑族も反撃のツッパリを返す
が、日々の稽古で鍛えられた騎士
たちの四股は、それを跳ね返すほ
ど頑丈に仕上がっていた。
「アッ、アネゴォ」
たまらず鮮卑族の勇者たちは
蓮の姫君の方を振り返って助けを
求める。
しかし、そこは年頃のうら若き
乙女、大量の男性の裸を目の前に、
彼女はその不快感から、手で顔を
覆っていた。
性的嫌がらせはいけない。
「弩守来ぉぉぉい」
勢いに乗った騎士たちは、鮮卑
族を次から次へと馬から叩き落と
して行った。
落馬して行く鮮卑族の勇者たち。
彼らは、うめくように民族の
霊歌を唱えた。
「ダッ、ダトゥ、ケンケェ」
しかし、その断末魔のような声
は、帝国騎士団の勝利を表したか
のようだった。
「ダトゥ、ケンケェ」
「ダトゥ、ケンケェ」
「ダトゥ、ケンケェ」
民族の苦しみの声が重なる。
鮮卑族のブルースが頂点に達し
た時、
両手を後ろ手に組んだ黒い
長袖の男が、鮮卑族の間を天高く
きりもみ回転しながら現れた。
次回へ続く。
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