19.出撃‼帝国の騎馬隊
「私たちはあの日、近頃暴走行為
を増す鮮卑族を一斉検挙する為、
皆で蒼色の隊服に白の首巻を巻き、
白く塗られた兜を被って、北の玄
関ともいえる雁門塞より出撃した」
床に伏した語り人は、そう語り
出すと、激しくせき込んだ。
「臧旻さま、ご自愛くださいませ」
筋骨隆々の客人が、床に伏した
人物の名を呼び、体を気遣う。
「すまない”堅”よ」
臧旻は、心配げな表情を見せる
堅という名の客人を、右手をかざ
して制した。
「あの日の雁門は少し寒い程度だ
った」
臧旻がそう話し始めると、堅の
頭の中に寒空広がる大草原の景色
が浮かんできた。
大草原を駆ける騎馬の大部隊。
「部隊を三つに分けて奴らの居場
所を突き止めるぞ」
部隊の先頭で馬を駆り、大声で
命令する男の名は”夏育”。
その声は、大草原に響き渡り、
各部隊に伝達された。
先年、国内に侵入した鮮卑族を
撃退し、その功績によって帝国の
騎馬部隊を任される事となった彼
の声は、とても自信にあふれてい
た。
「そんな編成で大丈夫か」
命令を聞いた臧旻は、夏育に異
見する為、部下を彼のもとへ走ら
せる。
臧旻もまた、別の騎馬部隊を任
されていた。
「問題ない」
夏育は自信満々で臧旻の部下に
言い放った。
「奴らを発見するのが先決だ。
なあに、俺の名を聞いて恐れおの
のいた所を一網打尽にしてやるさ」
戻ってきた部下からの報告を聞
いて臧旻は驚く。
「何だと。まるで敗北条件の塊の
ような発言だな」
臧旻は一瞬、困った表情をした
が、これも仕事だと気持ちを切り
替え、厳しい表情で部隊に指示を
出した。
「我が部隊は本体を離れ、索敵し
ながら進軍する」
臧旻の指示と同時に、夏育率い
る鮮卑族討伐の大部隊が、火で焼
かれた肉を突き刺す食器のごとく、
三又に分かれて行く。
「圧巻ではないか」
夏育はこの大舞台の主役として
興奮の絶頂にあった。
「李広や霍去病も、この壮観さを
見れば、俺を羨望の眼差しで見る
であろう」
彼はいにしえの英雄を思い浮か
べ、それら英雄たちに肩を並べる
自分を想像していた。
討伐作戦が始まって、十日ほど
が経った頃。
臧旻の騎馬部隊は、大草原のか
なり北深くまで進軍していたが、
肝心の鮮卑族は、まだ見つからな
かった。
「夏育どのの本体は敵を発見出来
たのであろうか」
臧旻が、側近の者にそう噂話を
していると、東の方角から上がる
煙を部下の一人が発見した。
「敵発見、敵発見」
離れた騎馬部隊同士の連絡手段
として、鮮卑族発見時には狼煙を
上げる事となっている。
「誰かが奴さんを見つけたみたい
だ」
臧旻は大慌てで馬の手綱を引き、
部隊に号令をかけた。
「ほかの部隊に遅れを取るな。
我々も帝国の歴史に名を刻むぞ」
臧旻の号令が合図となり、随行
する軍楽隊から「鵜烏羽」という
警報音の合唱が鳴り出した。
帝国の大型馬が馬首をそろえて
狼煙の方角へ走り出す。
大量の大型馬が全体重をかけて
地面を蹴り上げる蹄の音と、鳴り
響く警報音が爆音を奏で、その音
は、夜中の街中であれば、眠りに
つく住民から帝国に苦情が出るで
あろうほどであった。
しかも、帝国の騎馬隊は、追跡
中にどれだけ速度を出しても、道
路交通法違反になることは無いの
である。
帝国の騎馬部隊は、勇ましく現
場へと急行した。
連絡する狼煙をいくつか経過し
て行くと、頭髪にそり込みを入れ、
一日千里級の大型馬にまたがる集
団を発見した。
それはまさに、
鮮卑族の暴走集団であった。
「ンダ、マッポ、ヤンノカコラ、
アン」
警報音を鳴らして行軍する臧旻
の部隊を発見した鮮卑族の若者が
鮮卑族の言葉で何かを叫んでいる。
臧旻たちにその言葉の意味はわ
からなかったが、彼らがこちらに
敵意をむき出しにしているのは伝
わって来た。
彼らは皆、寒空の大草原の中に
もかかわらず、へそが見えそうな
くらい短い丈の黒色の上着という
出で立ちで、その半端ない気合を
示していた。
「メンチ、キッテンジャ、ネエゾ、
クラ」
鮮卑族の言葉が理解できなくと
も、彼らが発する怒号とその威嚇
的な服装は、一般の民を怯え震え
あがらせる事であろう。
「大当たりだな」
臧旻が手櫛で髪型を整える鮮卑族
を見てつぶやく。
「他の部隊が交戦中ではないのか」
辺りを見渡すと味方の騎馬部隊が
見当たらない。
「確かにこちらの方から狼煙が上が
っていたのだが、まさか」
一瞬、最悪の状況が頭をよぎっ
た。
しかし、最強であるはずである
帝国騎馬部隊が負けるわけがない。
ただしそれは、この鮮卑族の集団
が”八百八屍将”檀石塊の率いる本体
でなければの話だが。
「ええぃ、一斉検挙だ」
臧旻は頭の中に湧き出た不安を
振り払うと、ただ自分たちの職務
を遂行する為、騎馬部隊に鮮卑族
への攻撃命令を発した。
軍楽隊が警報音をさらにやかま
しくする中、帝国の騎馬たちは敵
陣へ向かって走り出す。
その動きを見た鮮卑族が迎撃態
勢を整えると、その指揮を取る
一人の女性の声がした。
「あんたら、相手がマッポだから
ってビビンじゃないよ」
指揮官であろう巻き髪の女性の
声が、帝国騎馬隊の警報音に負け
ない大声で気合を入れると、狩猟
で使用する、獣の骨で作られた楽
器の音が「原莉羅原莉羅」と鮮卑
族から鳴り出した。
もし、この場に民家があったな
らば、帝国へ膨大な苦情の上申が
届けられるであろうほどの大合奏
である。
蒼と黒の激突が今、始まろうと
していた。
次回に続く。
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