17.農耕帝国
脱獄犯となった夏侯家の妙才を
逃がす為、彼の族兄である夏侯
元譲が綱を引く馬車に全てを託し、
俺は馬車から飛び降りた。
だが、今度は俺が追われる身と
なり、平原地帯にて騎兵小隊に
よって発見されてしまう。
すんでの所で防護服を身に纏っ
た曹洪の加勢が加わり、今まさに
騎兵たちとのにらみ合いが始まっ
た。
「従兄、防護服二号が完成した」
曹洪が、防護服の完成を俺に伝
える。
ちなみにここ数分、会話がこれ
から進んでいない。
「従兄、防護服二号が完成した」
曹洪は、先ほどから同じ言葉を
繰り返している。
これは、防護服の事に触れない
と先へ進まない感じの様だ。
「おおっ、ついに完成したか。
早速その能力を見せてくれ」
とにかく、この状況を何とかす
る為、藁をもすがる思いで、この
戦力不明な発明に賭ける事とした。
「わかった」
曹洪がそう答えると、左手の手
の平を騎兵たちに向け、横一文字
に薙ぎ払う。
それは一瞬の出来事だった。
謎の発光が起こった後、騎兵小
隊前列の馬たちが、前のめりにな
り脚を崩されて行った。
崩壊していく隊列を前に曹洪が
騎兵たちへ警告する。
「右手はもっと凄いぞぉ」
右手を騎兵たちを向け脅す。
このまま彼をほおっておいたら、
駄目な気がする。
「ちょっと待て、やりすぎだぞ」
俺は曹洪をたしなめた。
「右手はもっと凄いぞぉ」
駄目だ、またこの流れだ。
どうやら先ほどの発光は相手を
驚かせるのが目的だった様で、馬
たちが起き上がると、騎兵たちは
元の様に隊列を組んだ。
「みぃぃぎぃぃてぇぇはぁぁ」
曹洪は右手を腰の横に引いて、
溜めの体勢をとった。
「参った参った、降参降参」
騎兵の中から女性の声が上がる。
声の主は、隊列から単身で前に
出て、馬から降り礼をした。
「お久しぶりです、曹北部尉」
「なぜ俺だとわかる」
俺は正体を隠す為、緑色の仮面
を着けており、顔が見えていない
はずである。
「わかりますよぉ、だって、その
仮面作ったの私ですから」
騎兵は兜を脱ぎ、顔を見せた。
「お前は、桃ではないか」
俺も緑の仮面を外し、元部下と
の再会を喜んだ。
「どうして、」
「なぜ、こんなところに」
俺は、桃に今の状況を聞かれる
とまずいので、わざと質問をかぶ
せた。
彼女が耳打ちして答える。
「村から大量に居なくなった農民
たちを探すよう、指令をおおせつ
かったんですよ」
当たり前の話だが、俺たち豪族
や宮廷勤めの者たち、
ひいては皇帝さまに至るまで、
米やら麦やら穀物を食べて生きて
いる。
それらの穀物は農民が作り、そ
れらを税として国が集め、俺たち
のような農作業に関わっていない
者へ、位の高低に応じて分配され
ているのだが、農作業者が減ると
言う事は、集められる食料が減り、
各部署への分配が滞って、帝国が
弱体化する遠因となる。
「鮮卑族にでも連れ去られたので
あろうか」
漢帝国の民が異民族に連れ去ら
れるのはよくある事だ。
「いや、ひどい時には、村から全
員が綺麗に居なくなってるみたい
ですよ」
「なんと、全員が」
異民族のしわざであれば、抵抗
の跡や、数人の生き残りがいるは
ずである。
一体何が起こっているのだろう。
すぐに考えられる理由は、納税
の放棄である。
村の有力者は、儒教の徳目であ
る”孝廉”の評価を得る為、農民た
ちに施しの名目で代わりに税を支
払い、徳を天下に示したうえで宮
廷に仕えていたのだが、濁流派と
の権力争いによって宮廷を追われ
た有力者たちは、仕官の道を閉ざ
され、それ以降施しを渋るように
なったという。
施しを止められた農民たちは、
税をすべて自分たちで支払わなけ
ればなくなったのだ。
自分たちが作った農作物の余り
が税で取られるようになった分、
それによって生きていた人間が食
っていけなくなるのである。
納税から逃れる為、どこかへ
集団で移動したとすれば、これは
もはや、帝国への静かな反乱だ。
「早く探し出さないと、うちら
お飯の食い上げですよ」
桃が任務の進み具合に嘆く。
「いや、このままだと、お前たち
どころか、国全体がお飯の食い上
げになるぞ」
農民たちはどこへ。
「ところで、曹北部尉はこんな所
で何をなされていたのですか」
桃が不意に質問してきた。
「おっ、おう。
俺も私有地の民を探しに来た」
私有地の民は、曹家の管理の
もと、農業を行っている。
農民への施しは、ここでの収穫
から出されていた。
私有地の民は自由が制限される
が、収穫の余りによって人が増え
ることは無い。
「そうでしたか。
お互い大変ですね」
「まっ、まあな」
私有地の民が逃げたというのは
もちろん嘘である。
何とかこの場をやり過ごした俺
は、隣で退屈そうにしている曹洪
を連れて、桃たちと別れた。
辺りに広がる田園地帯。
農耕の始祖、神農が中原に農業
を伝えてから、中原の民は農耕に
よって栄えてきた。
漢帝国の民のほとんどが農民で
あるが、これらの民が儒教の加護
から離れ、一気に反乱を起こせば
国が崩壊してしまうのは、皮肉に
も、この国の建国物語りが証明し
ている。
そもそもこの国は、農民出身の
"劉氏"によって建国されたのだ。
それはともかく。
俺は、人里がありそうな進路を
避けて沛国への帰路を急いだ。
三日くらい歩いた頃に俺は重要
な事に気が付いた。
「参ったな。道に迷った」
俺たちは二人とも視界の狭い
仮面を被った状態で移動していた
せいか、いつまでたってもだだっ
広い平原を抜け出せないでいた。
これはもはや、たちの悪い迷路
のようである。
目印にしていた岩々が、かえっ
て俺たちを惑わせているかのよう
だった。
「もう我慢できない。壊す」
曹洪が、右手を光らせて岩を何
個か破壊していった。
岩の破壊される音が辺りに鳴り
響いた。
「ちょっとぉ、何やってるんですか」
その音を聞きつけてか、
頭に黄色の頭巾を巻いた男が激怒
しながらこちらへ走ってきた。
次回に続く。
「面白かったらブックマーク、
広告の下にある評価をよろしくお願いします!」