14.鋼鉄富豪
妙才救出の加勢を頼む為、
おやっさんこと従伯父(いとこおじ)
の曹熾さまの所へ向かったのだが、
おやっさんは厶の字と似た姿勢を見せ
俺たちに加勢することを拒否した。
仕方なく、わざわざ出向いた
黄河の滸から馬を返し、妻の兄弟で
ある丁(沖)幼陽と共に曹家の本拠地
沛国にて加勢を求める事とした。
「この間、酒代が無くなったので、
ちょうど近くにあった曹鼎さまの
お屋敷へ酒代を拝借に伺ったんだ」
「お前、飲み過ぎもいい加減にしろよ」
幼陽は俺の小言を無視し話を続けた。
「曹鼎さまは快く酒代を融通して
くれようとしたんだが、奥の方から
洪の奴が出て来て『伯父様、しっかり
利子をお付けくださいませ』とか言う
もんだから、俺も呆れて酔いが醒め
ちまって」
「ほう、まだ十代なのに、なかなか
しっかりしているじゃないか」
俺は、幼陽のぼやきにからからと
笑ってやった。
「で、商人の真似事もたいがいにしろ
って言ってやったら、鉄の価値は日々
変動しているとか、機会の損失だとか
訳の分からない事を言ってやがった」
「ほう、鉄とな。
本当に訳が分からんな」
俺は、自分の顎に手を当てて首を
縦に傾けた。
「だが、今俺が必要とするのは、何か
しらの才がある者だ」
洪が住む曹鼎さまのお屋敷は、元々
曹家が農民だった頃に住んでいた
集落から近い所に構えられている。
曹鼎さまも俺の従伯父で、彼も
また、大出世した俺の祖父曹騰の
恩恵に預かり、河間国の相として
官職を得ていた。
だが、農民上がりから財を築こうと
していた曹鼎さまは、清流派の刺史
(監察官)から、汚職の疑いをかけらた。
どうやら、俺たち曹家は濁流派に
属し、儒教官僚である清流派に
よって目の敵にされていたようだ。
高官だった祖父の働きかけも空しく、
曹鼎さまは逮捕され、投獄されて
しまった。
刑期を終えた曹鼎さまは、郷里へ
帰ると農村の近くに居を構え、農民達
に農具を安価で提供しているらしい。
己の身の潔白を訴えるかのように。
俺達が向かっている集落から
灰色の煙が立ち上っているのが見える。
もうすぐ曹鼎さまのお屋敷だ。
先ほどから騎馬が慌ただしく往来
(行ったり来たり)している。
お屋敷の門から騎馬が一騎、駆けて
いった。
「相変わらずの騒々しさだな」
幼陽が目を細めた。
俺たちは門を潜り曹鼎さまへの
目通りを願った。
「孟徳くん、幼陽くん、よく来たねぇ」
曹鼎さまは格好の良い口髭を蓄えた
紳士で、多数の女性を引き連れていた。
俺が口を開こうとした瞬間。
「あっ、分かる、分かるよ。
妙才君の事だよね」
再び口を開こうとした瞬間。
「あっ、分かる、分かるよ。
俺が以前捕まっていたから、脱獄の
作戦を立てて欲しいんだよね」
曹鼎さまは、相手が求めるものを
察知し、与えることが出来る才能に
長けていた。
それは女性にもてるわけだ。
「ジャーヴィス、お茶を」
曹鼎さまが茶の用意を指示すると、
近くにいた西域人であろう執事が
静かに頷き、退出した。
「牢獄と言っても深く掘った穴の中に
入れられるだけだからね、あれには
参ったよ」
逮捕された罪人は、天井にしか窓の
ない過酷な空間で刑期を過ごすそうだ。
よほどの精神力が無ければ、すぐに
参ってしまうだろう。
こうしている間にも妙才の命が
すり減らされて行っているのである。
「まあ、私は天才だから、その場に
あった材料で防護服を造って身を
守ったがね」
彼はそう言い後ろの壁を指すと、
それに反応し壁が回転して防護服が
現れた。
「防護服第一号だ」
あまりにも無骨なそれは、服と
言うよりも戦闘鎧であった。
男子はこういう物が堪らなく好きだ。
看守たちもさぞやこの超未来的な
造形物に胸を踊らせた事であろう。
執事が茶壺を乗せた車輪付きの台車
を押して再び入室し、煎じられた茶を
人数分の器に慣れた手つきで注いだ。
茶は特級品であろうか、芳しく
柑橘類の様な香りがする。
「ありがとう、ジャーヴィス」
曹鼎さまは茶が配られると、話しを
続けようとした。
「ん、洪が来たな」
器に注がれた茶の水面が少し揺れ
始めたのを見て、曹鼎さまは誰かが
向かって来る事に気が付いた様だ。
微かな振動は徐々に大きくなって行き、
地響きの様な足音が聞こえてきた。
地響きの主は、重厚な隙間ない装甲
を身に着け部屋へ駆け込んで来た。
「伯父貴、防護服第二号の装甲、
もっと鉄を重ねたほうが良いかなぁ」
鉄の塊の様な物を着た青年が、曹鼎
さまに技術のご教示を受けに来たようだ。
「鋼子さま曰く『一枚の鉄板で防げぬ
矢も、三枚の鉄板なら傷が浅くなる』
と言うじゃないか、なあ」
曹鼎さまは適当な格言っぽい
物を言って青年の問いに答え、
俺に同意を求めてきた。
そもそも、鋼子さまとは誰だ。
「あっ、洪くん。その通りだと思うよ」
良く分からなかったので、とりあえず
曹鼎さまに同意しておいたが、この装甲
を着た青年の名は洪と言い、我々と同じ
曹家の者だ。
「だろ、そうだよな」
曹鼎さまはそう言うと、うつむいて
自分の顔を手で隠し、震えている。
「分かった、伯父貴。
もっと鉄を追加すれば良いんだな」
洪くんはそう言うと、再びどこかへ
走って行った。
「あいつは俺とはまた違った天才で、
俺が適当に言った物を本当に造って
来るんだよな」
と言いながら曹鼎さまは腹を抱えて
いる。
この人は悪い大人だ。
しかし、そのお陰で洪の才が開花
したのであろう。
「あの感じだったら防護服第二号の
完成は近いな」
曹鼎さまは茶を口に含んだが、
笑いをこらえきれず、茶を噴き出した。
「あれが完成したら洪を助っ人に
向かわせるよ」
これは、大丈夫なのか。
一抹の不安を抱き苦笑いをする
俺たちをよそに、曹鼎さまは会心の
笑顔を見せていた。
次回に続く。
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