13. 騎士親子
皇后廃位のあおりを受けて、議郎の
役職から罷免されてしまった俺は、
すぐさま都雒陽を飛び出し、曹家の
本拠地である沛国へ馬を走らせる事に
した。
かつて、俺の身代わりとなって牢へ
入った妙才を脱獄させる為には仲間が
必要だ。
俺は、眷属の力を頼る事にした。
「幼陽、少し寄り道をするぞ」
「おやっさんの所だな」
「その通りだ」
義理の兄弟である丁幼陽は
俺の考えを、すぐに察した様で、
馬車の行き先を少し北へ向けると、
それに従って馬首を巡らせた。
おやっさんは名を曹熾と言い、
父親の従弟(いとこ)で、長水校尉と
して烏桓族と共に青空の下で暮らし、
彼らと共に都を護っていた。
元々自然に接するのが好きな人
だったので、連座して長水校尉を罷免
された後も、黄河の畔に未だ滞在して
いると俺は予想している。
ちなみに長水とは、かつて長安が
都だった頃、その付近の河辺に駐屯し
都を防衛した匈奴族の事を長水胡と
呼んだそうだが、その呼称が今日も
そのまま使われている。
黄河を東へ沿って馬を駆って行くと、
恰幅の良い男が、誰かと話している
ようだった。
「飛蝗はねぇ、食べれるんですよ」
と言うと、男は草むらに跳んでいた
飛蝗を手で捕まえて、はっはっはと
笑いながら自分の口に放り込んだ。
ばりっばりっと、殻や翅を噛み砕く
音が聞こえる。
「おやっさん。やはり此方にいらっ
しゃったのですね」
恰幅の良い男は俺の方へ振り返り、
優しい目で応えた。
「やばっ(やあっ)、ぼうとぐ(孟徳)君。
びざじぶり(久しぶり)」
飛蝗を食べながら話しているので
何を言っているか聞き取り難かったが、
大体の意味はわかった。
「ほらっ、仁も挨拶して」
「どうも」
少年が、小さな声でボソリと挨拶した。
「仁、今日も元気がないなぁ。
飛蝗(ご飯)が足りないのかなぁ」
「父上、腹はすいておりません」
仁と呼ばれた少年が顔を引きつらせ
て後へと下がった。
「仁も十歳になる。乗馬の技術は確か
なんだが、如何せんあのように覇気が
少々足りんのだよ」
父上の仕事に付いてきた仁君は飛蝗
を散々と食べさせられたのだろうか、
覇気と言うか、かなりげんなりした
様子だった。
そんな事よりも、俺はおやっさんに
脱獄の加勢をお願いする為に来たのだ。
「曹家が政界より追放された今、我が
義弟である妙才の命が危険に晒されて
います。
義弟の自由を取り戻す為、是非とも、
おやっさんのお力をお貸し願いたい」
そう言い終わると、ぎゅいぃぃぃん
と言う風の音が鳴り、おやっさんの顔に
大きな傷跡が表れた。
「それはならん」
今まで穏和な表情をしていた
おやっさんの顔が、一瞬で怒りの表情
へと変身した。
「お願いします。一緒に妙才の自由の
為に戦って下さい」
俺がそう言いながらおやっさんに
跪いて縋ると、右腕を風を起こす勢い
で回転させ、振り払われてしまった。
「ならん。我々は宋家の謀反の疑いに
より罷免された身。一族の潔白が証明
されるまでは、お上に逆らってはならん」
おやっさんはそう言うと、身体を
ひらいて右斜め上にかざされた右手と
左手を入れ替え、思いを我慢するように
握りしめられた右拳を腰の横に据えて
拒否の姿勢をとった。
後ろで聞いていた仁君は悲しみを堪え、
俯いて震えていた。
仕方がないので、俺はこの場を去る
事にした。
少し馬車を走らせた所で、一騎の
騎馬が俺たちに近づいてきた。
「孟徳、あれは仁君だ」
幼陽が馬首を返して言った。
仁君の駆る馬が、つむじ風のような
速さで駆け、俺たちに追いついた。
「族兄、ごめんなさい。
実は最近、我が家に弟が産まれたのです」
仁君が静かに語った。
「人一倍正義感の強い父上の事、加勢
したい気持ちは山々だと思うのですが、
今は産まれてきた子の為、感情を押さえ
公に従っています。
何卒、父上の気持ちも分かってあげて
下さい」
「そうだったのか。子は国の宝、
しっかりと愛育されるよう伝えられよ」
俺がそう激励の言葉をかけると
仁君は首をたれて
「すみません」
と答えた。
「そこは謝罪じゃない、感謝だ」
俺はそう言い残すとその場を
立ち去った。
「ありがとう」
彼の口が小さな声でつぶやいたか
のように見えた。
「おやっさんが駄目なのは痛かったなぁ」
宿を借りた民家で幼陽がぼやく。
「まあまあそう言うな。
幼子を放棄すると、王吉に処罰されるぞ」
俺のことを孝廉に挙げ、官僚候補と
して推薦してくれたのは王吉だ。
俺は"吉利"と言う別名を名乗って、
王"吉"を利する者を自称していた。
しかし実は、今回の宋皇后廃位に
王吉の養父である王甫が関わって
いたのだ。
不良王侯であった渤海王を王甫が
始末したのが事の発端で、渤海王の
妻が宋家出身だったが為に、回り回って
災難が俺達にも降りかかった。
王甫どのの裁きは何も間違っていない。
ただ、小さな反抗として俺は吉利と
名乗るのをやめたのだが、幼陽との
会話で、つい王吉の名前が出てしまった。
「明日は曹洪の所へ向かうぞ」
「ああ、あの吝嗇家(ケチ野郎)か。
役に立つのかなぁ」
幼陽は曹洪の選任に対して
難色を示した。
「唯、才だけがあれば良い」
俺は、已の言葉に自信を持たせる為、
幼陽に笑って見せた。
次回に続く。
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