12.沛国曹家
「てめえ、引っ張んじゃねえ」
頓丘の県令になっても
俺の不正を憎む心は変わらなかった。
今日も一人、牢屋へ連行されて行く。
そういえば、雒陽北部尉だった頃
俺の妻が子を産んだ。
俺には二人の妻がいる。
一人は、正妻の丁夫人だ。
彼女にはれっきとした名前があるが、
恥ずかしいので、堅苦しいがあえて丁夫人と
言わせてもらう。
・・・。
もともと沛国の農民の出である曹家は、
皇帝さまの下で大出世した祖父のおかげで
宮殿での影響力は大きかったのだが、
地元である沛国では全く顔が利かなかった。
だから、曹家は地元の名門である丁氏と
婚姻関係を結び、沛国での影響力を高めた。
ちなみに俺の父親も丁氏から妻を
娶り、その繋がりを強めている。
そしてもう一人の妻が、側室の劉夫人だ。
沛国の劉氏もなかなかの名門で、一族の
劉元穎は博識で有名である。
子を産んだのは、劉夫人の方だった。
ちなみに、先ほどしょっ引かれて西側の
牢屋へ連れていかれた男は、劉夫人の
妹の夫で、名は淵、字を妙才という。
彼もまた沛国の名門、夏侯家の者で、
俺の義理の弟にあたる。
法を厳しく守る以上、自らも
厳しく身を正さなければならない。
しかし、俺を陥れようとする輩によって
細部を指摘され、俺は罪を着せられた。
木乃伊取りが木乃伊になったのだ。
その時、一番早く行動したのは
妙才だった。
俺が逮捕される噂を聞きつけた妙才は、
先日、俺の私室へ真っ先に駆け込んで来た。
「孟徳は我が国の希望の星、
俺が身代わりとして罰を受けよう」
この男、悪く言えば後先考えずに
行動してしまうところがあるが、
思い切りが良い豪傑とも言える。
「すまんな妙才よ、こういう性分なので
俺を排除しようとする輩が多いのだ」
「気にするな。義姉さん(劉氏)が
産んだ童の為、俺がいくらでも汚名を着て
やるよ」
私室にあった高価な酒を杯に注ぎ、
両手で掲げて妙才に手渡しながら、
西の牢へ連れて行かれる事になった彼に、
俺は精一杯の冗談を贈った。
「お前を征西将軍に任命する」
「謹んで拝命いたす。」
ガハハと豪快に笑いながら
杯を受け取り、妙才が酒を一気に
飲み干す。
沛国豪族の結束は固い。
まあ、問題があるとしたら、俺が
妻に対して情が湧かない事くらいだ。
家柄だけで結ばれている夫婦の関係。
情が湧かないのは、妻の方とて同じ事。
丁夫人なんぞ、俺の事などそっちのけで
劉夫人が産んだ子供に御執心のようだ。
ところで、
祖父の影響力も然る事ながら、沛国
曹家はさらに強い婚姻関係を有していた。
それは、皇帝さまとの縁戚である。
今の皇后さまである宋后は、旧都”長安”
の周辺にある三輔と呼ばれる地域の名門、
宋家の出身で、そこには俺の従妹(いとこ)
が嫁いでいた。
「曹操、よくぞ来た。貴公の活躍は
聞いておるぞ」
ある日、俺は皇帝さまに
召し出された。
「我が国は、先の敗戦で
多くの人材を失ってしまった。
もう家柄や素行などと言っておられん。
朕は才能のみを重視し、
賢者を鴻都門下に集め、
国を支える柱とする事にした」
前年、我が漢帝国は騎馬民族を含む
大軍団を組織し、『八百八屍将』
檀石槐率いる鮮卑族に大攻勢を
仕掛けたが、散々に返り討ちに遭って
しまい、貴重な騎士や馬が大量に失われた。
ほら、言わんこっちゃない。
俺を連れて行かんからだ。
今や、我が国の国防力は紙に等しく、
北方は鮮卑族の侵攻に晒されいる状態である。
皇帝さまは我が国の危機を打破する為、
俺たちを招集したようだった。
「曹操よ、貴公は書や兵法に通ずると聞く。
議郎として朕にその知恵を貸してくれたもれ」
俺は皇帝さまが何を言っているのか、
一瞬、理解が出来なかった。
もしかして、これって異民族対策に
御意見して良いって事なのか。
「つっ、慎んだ、で、お受けいたしませう」
異民族と戦って名を上げるという、俺の夢を
叶える機会が突然やってきたのだ。
「わっはっは、よろしく頼む、でおじゃる」
皇帝さまが期待のまなざしで俺を
見ながら、高貴に高笑いした。
俺は早速、先の敗戦の研究をした。
そもそも騎馬民族は集団で移動して生活
している為、攻めるべき拠点を持たない。
聞いた話によると、漢帝国の大軍団は、
敵地二千余里深くへ侵攻し、鮮卑族に迎え
撃たれたそうだ。
二千余里と言っているが、正確な距離では
なく、もの凄く”遠く”と言う事だな。
戦上手とは、己の有利な地形に誘い
込んで戦うものだ。
軍団の指揮官は功を焦っていたのだろうか、
敵に誘い込まれて討たれたのだ。
俺はこれらを踏まえて、鮮卑族に報復
するための作戦を練った。
月日が過ぎて、
作戦立案も大詰めを迎え、
皇帝さまへの上奏を準備していた矢先、
俺の所へ尚書台からの書簡が届いた。
書簡には、こう書かれていた。
「曹操、議郎の職より罷免する」
俺は自分の身に何が起きたのか、
一瞬、理解が出来なかった。
その時、丁夫人の兄の丁幼陽が来て
俺に告げた。
「大変だ。宋皇后が謀反の罪で廃位されて、
一族が処刑されたそうだ」
この時ばかりは、皇帝さまへの
縁戚が裏目に出てしまった。
宋家に婚姻関係がある俺は、一族に
連座して罷免されてしまったのだ。
妙才の事が俺の脳裡をよぎった。
このままでは牢に繋がれたままの
妙才がどうなるかわからない。
俺は幼陽を伴に、沛国へ妙才救出の
仲間を集めに行くことにした。
次回に続く。
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