11.五彩必殺
俺には師と呼べる存在がいる。
一人は橋公租さまだ。
話せば長くなるが、昔、俺の祖父、
曹騰への裏金を摘発した种景伯という
命知らずがいた。
まあ、権力者に金が集まるのは
よくあることだな。
その事件は、その時の皇帝の御意向に
よって闇へ葬られたそうだが、
俺の祖父は种景伯に仕返しをするどころか、
その男粋に感動して、
すっかり彼の虜になってしまった。
権力者である祖父に「能吏」であるとして
推された种景伯は、みるみるうちに出世
していったそうだ。
ちなみに、北方騎馬民族との戦いで名を
上げた「涼州三明」の張奐や、潁川郡の博士、
堂谿典なども祖父の推しで、彼らもまた、
それぞれの場所でその類稀なる才を
振るっている。
祖父の推しを発掘する目は
とても優れていたようだ。
そういえば、堂谿典ら博士たちが何かを
建造中らしい。
おっと、話がそれてしまったな。
で、その种景伯に目をかけられたのが
橋公租さまで、
橋公租さまもまた、権力を恐れず、
違反者達を次々と処罰していった。
幼いころから俺は、橋公租さまの家に
出入りをして、よく経書の話をしてもらって
いたもんだ。
憚りながら、俺からも経書の話をするように
なったころ、橋公租さまの勧めで人物鑑定を
受けた。
その時に付けてもらった評価が、
「治世の能臣、乱世の奸雄」だ。
そして、もう一人の師はその評価を聞きつけ、
俺を王宮へ推薦した王吉である。
王吉は、俺の出身である沛国の相(首相)で、
俺と歳があまり変わらない二十代だそうだが、
彼もまた不正を憎み、裁いた不正の数は
すでに1万件を超える勢いだそうだ。
産んだ子を育てない親に対しては特に厳しく、
そいつらには即極刑を言い渡し処罰する。
悪人を除き、ふさわしい人物がその役職に就く。
子を育て生産力を上げ、国を富ませる。
彼らは皆行動が理にかなっていて、
「春秋」の子産の言葉である、
政治の寛(やさしい)猛(きびしい)の
猛の部分を実践しているかのようだ。
そもそも春秋とは、時代の悪を記録することで
乱臣賊子(国を乱す臣と親にそむく子)に永久
罰を与える為、孔子さまが残された物だ。
ところで俺は今、夜の都を巡回している。
北の天に輝く五つ星は、
我が小隊を見守るかの如くであった。
部下の桃が俺に告げた。
「曹北部尉、門を開けようとしている者がいます」
今まさに、中の者の手引きで都の門が開けられ
ようとしている。
この国では、夜に都から出歩くのは禁止されて
いる。
「どこかの阿呆が悠々と帰って来たな」
俺たちは門が開き切るのを待った。
門が半分ほど開いたくらいで、一台の馬車が
門内へ駆け込んだ。
二人の師を習うが如く、俺も
猛政の実践者とならねばならない。
「いぐぞ、現行犯で逮捕だ」
ドスを聞かせた俺の号令で、
数人が馬車を取り囲む。
その囲みから突破口を開こうと、
手下であろう者たちが出て来て襲い掛かった。
桃が上着の懐に手を突っ込んで、
小さな茶壷を取り出す。
「いいわね、いくわよ」
彼女はそう叫ぶと、襲い掛かる手下たちに
無数の茶壷を投げつけた。
茶壷は手下たちの頭に命中した、
おそらく彼らは頭蓋骨が割れたであろう。
手下たちは卒倒した。
小隊の中で一番細身の青にも容赦なく
手下どもが襲い掛かる。
「おいでなすったな」
青はニヤッと笑いその白い歯を見せると、
つばの広い帽子をポイっと脱ぎ捨て、
手に持った弦楽器の弦を「キリキリキリ」と
外した。
次の瞬間、外した弦を「バィィィン」と投げ捨て、
楽器を振り回し手下どもに殴り掛かった。
彼らはその危なさに肝を冷やした。
青はさらに、弦楽器にまたがり、それに火を付け
儀式のような事を始めだした。
手下の中で、誰も思いきって青に
近づこうとする者はいなかった。
黄にも手下たちが襲い掛かる。
「丸のときはしましま、切ったら
まっかっかな食べ物な~んだ」
黄は敵になぞかけを始めた。
手下たちが、いきなり出された問に
答えられずにいると、
「全員、悪不答」と黄は
敵に時間切れを告げた。
すると、どこからともなくがに股で、
上半身には衣服を身に着けず、短い褲(ズボン)
のみを身に着けた南蛮人が現れた。
南蛮人は黄に襲い掛かった手下どもの尻に、
そのがに股から繰り出される強力な回し蹴りを
一人ずつ浴びせていった。
もんどり返す彼らの尾てい骨は、おそらく
砕かれたであろう。
俺たちは、俺含めて五人で見廻りをしていた。
最後の一人は、長髪で一番若い。
黄の出番だ。
いつも、にこにこと笑顔の彼は、ひょうたんに
酒を入れて携帯しており、その酒の力で強くなる
という変わった拳法の使い手だ。
大きな甕を持つ仕草から、横笛をもつ仕草、
片足から繰り出される連続蹴りで、敵を次々と
倒していく。
ただ、そんな彼にも弱点があった。
この世で最強の生き物は、そう「女性」である。
女性の仕草が未収得なのである。
俺たちが乱闘騒ぎをしていると、
「お主ら何者じゃ」と、
馬車の中から、いかにも高貴そうな人物が
顔を出し碩た。
「儂を誰だと心得る、
小黄門(えらい人)蹇碩の父上の兄弟の嫁の
親戚の母親の兄弟の子供なるぞ」
さすがに偉い人の名前が出ると、桃たちの
動きが鈍くなった。
「おぬしら、蹇碩の親族に逆らうと言う事は、
蹇碩に逆らうも同然、蹇碩の報復が蹇碩より
下されるであろう」
「ぐはあっっっ」
蹇碩の名前が出るたびに桃たちが
苦しんでいる。
「蹇碩蹇碩やかましい奴だ、
お前は蹇碩仮面か」
俺は桃に目くばせをして、号令した。
「桃っ、五彩ボー磔権だ」
桃が、一回転して俺の指示で用意していた
五彩のボーを出した。
「五彩ボー磔権、といやっ。黄」
ボーを黄へと投げる。
「まかしときんしゃい。といやっ」
黄が頭で、ボーを黄へ受け渡す。
「青、といやっ」
黄から青へボーが渡ると、
青がボーを地面に突き刺した。
「赤っ、crowding tryだっ」
俺はボーを親玉へ思い切り蹴とばした。
「どいやっっっ」
するとどこからともなく、
高貴そうな人物が現れた。
「我が名は、小黄門蹇碩であるぞ」
「うっ、あなた様は蹇碩さま」
敵の親玉が一瞬怯んだようだ。
「ええい、本物がこんな所にいる訳がない」
親玉が蹇碩さまに襲いかかった。
「おぬしのようなものは、知らん」
蹇碩さまは相手の攻撃をしなやかにかわし、
反撃の肘打ちを喰らわせる。
「あれは、女性の仕草だ」
拳法使いの黄が反応して言った。
蹇碩さまの女性の仕草は完璧で、
その場に本物の女性がいるかのようだ。
親玉は蹇碩さまによって完膚なきまでに
叩きのめされた。
こうして夜間外出禁止の法を犯した者たちは
俺たちによって裁かれたのであった。
後日、蹇碩さまから俺の話を聞いた
皇帝さまは「曹操が五人組でそのような
面白いことをしておるのか」と、手を叩いて
喜んだという。
そのおかげか、俺は令として頓丘県という
ところへと栄転となった。
次回に続く。
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