【番外編】ルカ・サレスから見たこの世界②
番外編、改稿しました。
ラナルザとエルーシャの出番が増えました!
改稿前の1と2の間くらいのお話となります。
改稿に伴い2→3へ変更となっています。3も少し改稿(書き足しました)しています。
※大筋は変えていません
マリーローズ嬢が転入してきて2週間。俺の学園生活は激変していた。
マリーローズ嬢は確かに可愛かった。スチル通りだ。
でも、やはり違う。
さらに行動を共にして分かった。
……ただのアホの子じゃん。
子爵、よくコレこの学園に入れたな-。
何も貴族教育してないじゃん。不慣れとかのレベルじゃないわ。貴族社会のルールまるっと無視。
でも、もしかしたら本当に無知で放り込まれた可哀想な子なのかもしれない、実際のゲームでもそのようなバックボーンがあったようななかったような……。だから貴族社会とまでは言わないが、学園のルールをいちいち説明していたんだが。
うん、まるっと無視。
全然聞いてない、聞く気もない。なんか少しでも努力している感じとかあったらもっと印象変わったかもだけど、アレはダメだわ。
攻略対象にべったりかと思いきや、せっせと下位貴族へも媚びを売っている(ように見える)。何がしたいんだかよく分からん。
で、俺は俺のままだし、なんか魅了みたいなのにも掛かった様子もない。
これにはホッとした。ホッとしたと同時に、あの入学前夜の俺の睡眠時間を返して欲しい。緊張して眠れなかったんだよ、クソっ。
リューはこのところほとんど家にも帰っていない。学園には辛うじて来ているけど、子爵とその周辺、それからマリーローズの聖女の真偽を調べるのに忙しいからだ。
あの日、珍しくニコニコ笑顔ではない顔で、俺に言った。
「ルカ、俺は何の意図があって、あの女を送り込んでくるのかを探る。君には特にセドリックとあの女のことを頼みたい」
「分かった。セシリア嬢は?」
「リアのことは学園では基本的にラナルザ嬢とエルーシャ嬢がいてくれる。それに下手に君とリアの接触が増えるとセドリックがうるさい。だけど、もちろんリアにも気を配ってくれ」
「あ-、うん、了解」
俺、セドリック様に全然信用なくない?仲良しだよね、俺も。まぁ、セドリック様、セシリア嬢好きすぎて狭量だもんな。ヤンデレ枠セドリック様じゃね、って思ったりするもん。
そしてサラッと高度なことを要求してくるね、リュー君。
そんな訳で、『白銀の姫君』ことセシリア嬢ファンクラブ秘密会合(長いな)には最近俺が出席している。目立つ髪色はウィッグで隠し、仮面の目の部分は色付きガラスを入れ瞳の色もわからないようにしている。変装はしやすいけど、すごいTPOだよな。
リュー曰く
「基本無礼講だからね、気兼ねなく楽しんでもらえるようにだよ。リアの魅力を語るのに身分は関係ないからさ」
ってことだったけど、その後の
「正体がわからないっていう安心感があると、人はより本音を言うからねぇ」
っていう一言は俺も笑顔でスルーしておいた。
ま、みんなノリノリのようで何より。
実はファンクラブがあることは知ってはいたけど――だって目の前でセドリック様とリューがそれで言い合ってるとこ何度も見てるし――出たことはなかった。秘密会合に出てセシリア嬢のファンが自分が思っているより多くいることに驚いた。
エルーシャ嬢の、――おっと、No.3様だった――の力強い宣言に一同が雄たけびを上げるのを見て、つい嬉しくなってしまう。
大丈夫だよ、セシリア嬢、みんな君が大好きだよ。
**
「ちょっとよろしくて」
ふわふわと浮かれ気味で歩いていたマリーローズは待ち構えていた2人のご令嬢に呼び止められる。
「全然よろしくないです。私これからドレスを見にに行くんです、ルカ様がプレゼントしてくれんるんですって、ふふふ」
既に鬼の表情の公爵令嬢であるラナルザを前にしてもマリーローズの態度は変わらない。
「そうですの。では手短に済ませますわ」
対するラナルザも全く意に介さずに話を進める。
「まず貴女は貴族であることをもっと自覚なさって。ずっと平民感覚でいらっしゃるようですけど、貴族としての心得が不充分ですわ」
「はぁ、またそれですかぁ……それってセシリアから言われるセリフのはずだけど」
「何をごちゃごちゃと仰ってるんですの? 本来ならこうやって直接貴女にラナ様がお話することさえ光栄なことなんですよの、わかってらっしゃる?」
エルーシャがパシンと広げていた扇を畳み、マリーローズを見据える。
「ですから、セシリア様に馴れ馴れしく話しかけてはなりませんわ。それに必要以上にセドリック殿下にも近づかないで下さいませ。本来なら貴女がお話出来るような方ではございませんの、お二人とも」
「別に近づきたい訳じゃなくて、近くにいるんだもん。私のせいじゃないし……だってそれって決まってることだもん、ヒロインだから」
口を尖らせるマリーローズ。
「そういう態度が幼いって申し上げてるんです」
「それに、きちんとした言葉遣いをなさって下さいませ、せっかく学園にいるんですから少しでも学んで頂きたいですわ」
「教室では下位貴族のご令息とも親密にされているとか……」
「今の状況に感謝してもしきれないくらいのはずですのに、貴女という人は!」
「ご婚約されている方もいらしてよ、変に誤解されるようなことは慎んで頂かないと」
「下位貴族であっても他のご令嬢はきちんとされているはずですから……たぶん?」
「……そう言えばそこまで下位貴族の方とお話したことはなかったですわね、ラナ様」
「えぇ、エル様。ですが、まぁ、こちらの方よりは」
「そうですわね、特に不快に思ったことはあまりないように思いますので、大丈夫かと思いますわ、こちらの方に比べると」
「ちょっと、何なんですか、さっきから」
悪口の自覚がないような2人にマリーローズが口を挟む。
「あら、失礼。よく考えるとわたくし達、あまり下位貴族の方とお話したことがなくって、貴女と同じようでしたら大変だと思ったのですわ」
「えぇ、こんなにも下位貴族の方とお話するのは貴女が初めてかもしれませんわ」
「そうですわ、でも大丈夫、下位貴族の方が皆様こんなに無礼だとは思いませんから」
「まぁ、ラナ様ったら。当然じゃないですか、皆様がこんなでしたらもうパーティーにも出られませんわ」
「こんな方が何人もいたら堪りませんわね」
「そうですわよ」
2人の口は止まらない。
既にマリーローズは「貴女」から「こんな」に格下げされた。
「あのー、もう分かりましたから、時間ないのでもういいですか?」
「あら、分かったのね」
「では今後は淑女のお振る舞いを」
「「御機嫌よう」」
制服を翻し――ただし音もなくあくまでも優雅に――二人は去っていった。
全く分かっていない返事をされたにも関わらず『分かりました』という部分だけを拾って素直に退散してしまうあたりがまだ擦れていないお嬢様達だ。でもいつもラナルザ嬢とエルーシャ嬢はよくマリーローズ嬢を制してくれていると思う。
ラナルザ・カーター嬢。
カルナ王国3つの公爵家の一つ、カーター家のご令嬢。
豊かな黒髪で真紅の瞳を持つ、見た目は少々キツめだがすこぶる美人。いつでも誇り高く、貴族の矜持を何よりも大事にしているが、割と話が通じる柔軟性も持ちわせている。ただし、セシリア嬢のことになるととにかく過保護。
ファンクラブ会員No.2(自称)
エルーシャ・ブラウン侯爵令嬢。
淡いラベンダーの髪、深く青い瞳。小柄な身体つきで声もとても可愛らしい。
一見たおやかな美少女に見えるが、好きなものには一直線なオタク気質。セシリア嬢が大好きで友人であることに誇りを持っている。
ファンクラブ会員No.3(自称)
こんな美少女達が、将来は扇の持ち方一つで牽制し合い、笑顔で腹の探り合いをするようになるかと思うと鳥肌が立つ。そう、リューのように……。あ、本当にちょっと寒気するかも。
高位貴族って本当にすげぇって思う。
下位貴族はもっと分かりやすい。野心や欲望丸出しの奴も多いけど、しっかりと国と国王に忠誠を誓って自分の本分を守っている貴族も多い。それに、野心があってそれに見合う努力をしているならいいと思う。まぁ、野心も何もなくてボーっとしている奴とか、散財しまくっている奴もいるけどさ。
でも、そうやってのし上がってきても、高位貴族との見えない壁が分厚すぎて跳ね返される。そこでもさらに野心を燃やして食い込んでくるか、高位貴族ならではのスマートな立ち振舞の裏でキッチリ根回し出来る奴だけが功績を上げられるんだよね。
うん、ミナサンガンバッテー。
はっ、いや、これ上から目線じゃないから!
俺、モブ位置で見てるからって意味だから!
「うわー、なんかあの2人の方がよっぽど悪役令嬢なんですけどぉ」
あまりの迫力にしばし呆然としていたマリーローズ嬢だったが、すぐに
「ま、関係ないか、モブだし。どうせセシリアと一緒に退場するでしょ。さ、ルカの好感度上げに行かないと! ドレス贈られるってもうこれイベントでしょ。でもルカルートにあったっけ? ま、別にいっか。……ふふ、ようやくヒロインって感じじゃない。このまま逆ハーもいける? でもまずは王太子からよね、やっぱり。ルカって後でも好感度すぐあがりそうだし」
そう呟きながらスキップして行く。ふわふわとピンクの髪をなびかせながら。
もちろん物陰から動く気配には気が付かないまま。
俺、好感度すぐ上がるやつ認定されたよ……。ちょろい攻略対象って訳ですか。
はぁ、気が重いけど、セドリック様から引き離して、リューの時間作るのってマリーローズ嬢を直接誘うしか思いつかなかったんだよな。
『ドレスがないから困っちゃう』って甘ったるい声で大きなひとり言を言っていたので、便乗することにした。
デートでドレスを贈るイベントは実はルカルートじゃない。リューのルートだ。ゲームではリューズがマリーローズを予約が3年待ちという人気デザイナーの店へ連れていき、似合うドレスを一緒に選んでいくう内に距離が近づくというデートイベントだった。
こうやって少しずつでも、俺の知っている範囲だけでも違うことをすればもっと違う未来に向かうんじゃないかと思ったりもしている。
あー、でもこういう態度がマリーローズ嬢の勘違いを助長するのかなぁ。さじ加減が難しい……。
引きつった笑顔を貼り付けて、仕方がないからエスコートして、高位貴族しか入れない店で何着も試着。一体何時間やってんの?まじで意識が飛びそうだった。
何着てもピンクの髪の印象が強すぎて、とりあえずなんでも『いいね』と言っていたら、あやうくデザイナーのオーダーメイド注文出されるところだった。なんとか店にあるドレスにしたけど、ドレスって高いんだな、ちょっと引いた……。いや、さすが高位貴族御用達の店。うちなんて出入りもないかも。よく知らないけど。もちろん店の予約はリューが手配してくれた。
これ、経費で落ちないかな。俺の懐具合の死活問題。あとでリューに聞いてみよ。
**
ゲームスタートを知っているはずの俺もあれだけ緊張したのは、どうあってもゲームがスタートするという強制力を感じたからだし、本来のゲームスタート時期ではない時にマリーローズ嬢が編入してきたからだ。ゲームでは、夏の終わり、学年の途中での編入だった。珍しさもあって、学園で注目を集める。でも現実は、春の学年の始まりの時期だった。
ゲームは確かに始まったのかもしれないけど、思えばそんな所からも色々とズレは出ていたんだ。
それでもなぜかすれ違うセドリック様とセシリア嬢を見ていると、こっちが泣きそうだった。
リューはセシリア嬢が心配するからと、家に帰っていないことを悟られないように使用人達に口止めしていたけど、どうも逆効果だったみたいだ。
俺はなるべくマリーローズ嬢の突飛な行動を抑えるように立ち回っているつもりだったが、気がつくとセシリア嬢に接触した後だったことも多く、もっとゲームの話をよく聞いていれば良かったと思うことも多かった。
だけど、全部言い訳だ。
あんな風になるもっと前に手が打てたんじゃないかって今でも思っている。